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<加藤紘一氏死去>国を背負った政治家

政界引退を表明した後、三女鮎子さんと並び、支持者にあいさつする加藤さん=2013年4月25日、鶴岡市内

 「政界のプリンス」と呼ばれ、政府や自民党の要職を歴任した加藤紘一さんの訃報が届いた10日、山形県内の関係者からは、将来の首相を嘱望され、保守本流を歩み続けた政治家の死を惜しむ声が相次いだ。
 三女で衆院山形3区の地盤を継いだ加藤鮎子自民党衆院議員は7日に入院先を訪れ、活動報告などをしたのが最後の会話となった。「大地にしっかり根を張り、全体を見渡すことのできる大木のような政治家だった。不器用でやさしく、尊敬できる父でもあった」と寂しさをにじませた。
 「国を背負って立つような力を持った政治家だった」と振り返ったのは榎本政規鶴岡市長。自らの市議時代から、加藤さんと数々の選挙を共に戦った。「私の政治の師匠。鶴岡市にとってもかけがえのない存在だった」と残念がった。
 加藤さんの秘書を16年間務め、政治を学んだ野川政文山形県議会議長は「われわれにとって『おやじ』のような存在。県政発展にも努め、大きな足跡を残した。山形県として痛恨の極みだ」と肩を落とした。
 吉村美栄子山形県知事は、鶴岡、酒田両市で11日に開かれる「全国豊かな海づくり大会」の関連行事の会場で一報を受けた。「歓迎レセプションの直前に聞いて驚いた。心から冥福を祈りたい」と述べた。
 加藤さんは日中友好協会会長を務め、両国の交流促進に尽力した。同協会常務理事の小野寺喜一郎前遊佐町長(70)は「ライフワークだった日中関係などの問題に、もっと経験を生かしてほしかった。地域、国政、国際問題と幅広い活躍に対し、ご苦労さんと言いたい」とねぎらった。


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2016年09月11日日曜日


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