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<ツール・ド・東北>神戸・熊本被災者も出場

雨の中、仲間と一緒に女川ASを出発する雨宮さん(中央)=18日午前7時50分ごろ、JR女川駅前

 東日本大震災で被災した宮城県沿岸部で18日に開かれた「ツール・ド・東北2016」に1995年の阪神大震災、今年4月の熊本地震でそれぞれ被害に遭ったライダーがいた。「ともに記憶を引き継ぐ」「東北からの支援に感謝の気持ちを伝えたい」。思いを胸に駆け抜けた。
 東京都練馬区の会社員雨宮英幹さん(43)は初めての参加で、170キロの南三陸フォンドに挑んだ。宮城県や岩手県出身の職場の同僚ら4人と走った。
 神戸市東灘区出身。大学4年のとき、阪神大震災に遭い、自宅が全壊した。
 家族は無事だったが、近所の幼なじみが犠牲になった。小学校から高校まで一緒の親友で家族ぐるみの付き合いがあった。息子を失った母親は心痛で体調を崩し、間もなく亡くなった。
 「自分なりの手助けはしたが、どこまで支えになれていたのか」。無力感がとげのように心に残る。
 東日本大震災は仕事先の米国で知った。14年7月に帰国し、今回初めて被災地を訪ねた。コース沿いには津波の爪痕があった。「こんな所まで水に漬かったのか。二度とあってはならない」。石巻市大川小の被災校舎に胸が痛んだ。
 沿道の声援やエイドステーション(AS)の励ましに背中を押され、約10時間半で完走した。「応援されて頑張れた。一人だったら走り切れなかった。皆さんも一人じゃないと伝えたい」。来年も走るつもりだ。
 熊本市西区の会社員荻山寛さん(31)は昨年、北上フォンド(100キロ)を完走。今回は距離を延ばし、南三陸フォンドを走った。
 熊本地震で自宅マンションの壁には大きなひびが入ったまま。いまだに余震が続き、気は休まらない。
 宮城県や福島県のボランティアや自衛隊が応援に駆け付けてくれた。横断幕には「次は俺たちが助ける番」とあった。「心強かった。前回は楽しむ気持ちで参加したが、今回はありがとうと思いながら走った」
 県のPRキャラクター「くまモン」のウエアを着た。「余震は収まったか」「復旧は進んでいるか」。大会中、掛けられた言葉に心のつながりを実感した。


2016年09月19日月曜日


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