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<満州の記憶>悲劇から未来考える

15年戦争の発端となった満州事変。事変から凱旋(がいせん)した第二師団を迎える群衆=1933年1月13日、仙台駅前(仙台市歴史民俗資料館提供)
資料に当たり、旧満州について調べる中嶋さん=小牛田農林高

◎満州事変85年(下)後世へ

 小牛田農林高(宮城県美里町)の図書室で、総合学科3年の中嶋麗紗さん(17)が資料を読み、熱心にメモを取る。中嶋さんは総合学習の研究で、旧満州(中国東北部)について調べている。
 尖閣諸島の領有権問題を扱う特集番組を見て興味を持った。「問題をさかのぼると、満州事変の時代に原因がありそうだ」とテーマを決めた。

<国民が国つくる>
 祖父(75)の影響で歴史に興味を持った。近現代史に関心がある。特攻隊員の遺書を読み、国や政治に無関心な自分たちとまるで違う。格好良いと思った。
 調べるうちに、軍隊が満州の開拓民を見捨てて逃げたことや、戦闘に行きたいと思っていなかった特攻隊員がいることも知った。
 尖閣問題で「中国はなぜそこまでするのか」と感じた中嶋さんだが、「過去の歴史もあって、中国人は『日本はおかしい』と思っている。隣国同士が仲良くすべきなのに」。問題の答えはまだ見つからない。
 でもこうも思う。「もし次の戦争が起きたら、徴兵制があるかもしれない。国をつくるのは国民。私たちの考えと行動で国の在り方が決まるのではないか」
 中嶋さんが参考にした資料の一つが、大崎市鹿島台の戦争体験者などによる「鹿島台町戦争を語り継ぐ会」が制作した紙芝居のビデオ。満州開拓引き揚げ者の実話を基にしている。

<地域の歴史伝承>
 語り継ぐ会は2001年に有志で発足した。鹿島台空襲経験者や兵士たちの戦争体験記を02年に発行。満州での犠牲者のことに関心が集まり、03年に満州に絞った第2集を出した。
 会長を務めた佐藤守良さん(88)は「満州開拓も鹿島台の歴史。多くの犠牲者が出た悲劇を後世に残さなければと考えた」と言う。
 戦後、満州事変が旧日本軍の謀略で起こされたことなどが明らかにされ、ショックを受けた。軍国少年だった佐藤さん。「アジア解放のための正義の戦争」と教えられた。「すべてうそだった」と感じた。
 佐藤さんは東京出身で45年3月の東京大空襲にも遭い、戦後、父の実家の鹿島台に戻った。「戦争の惨禍を忘れないよう若い人に伝えるのが、あの時代を生きた者の務めだ」と誓う。
 会の協力で、大崎市鹿島台小は10年前から6年生の総合学習で戦争体験者に講演してもらっている。会が2年前に「鹿島台歴史研究会」に統合された後も、講演は続いている。
 「水害の多発と耕地の少なさが、鹿島台の干拓と満州移民を生んできた」と、6年生主任の小野寺勝徳教諭(56)。「勉強ではどこか人ごとになってしまうが、地元の人から直接聞いた話は記憶に残る。地域の歴史を主体的に学んでほしい」と願う。

[日中戦争]1937年7月7日、日中両軍が衝突した北京郊外での盧溝橋事件によって戦争が勃発。中国は蒋介石の国民党と毛沢東の共産党が37年9月、第2次国共合作を行い、抗日戦線を結成。37年12月に日本はいわゆる「南京大虐殺」を起こした。満州事変から日中戦争、太平洋戦争を通算し、「15年戦争」とも言う。


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2016年09月20日火曜日


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