山形のニュース

<天童いじめ自殺>苦渋の和解決断 続く後悔

母親は娘がノートに記した言葉を指でなぞり、心の叫びに気付けなかったことを今も悔やむ

 21日に和解が成立した天童一中(山形県天童市)1年の女子生徒のいじめ自殺。命を絶った2014年1月から2年8カ月、残された母親は嘆き、苦悩し続けた。裁判で天童市や学校の責任を明確にしたいと望みながら母親はなぜ和解を選択したのか。決断に至るまでの経緯と心の軌跡をたどった。(山形総局・伊藤卓哉)

 背中を押したのは1本の電話だった。

<信頼関係を築く>
 「和解を選んだ方がいい」
 電話の相手は11年、いじめを苦に自殺した大津市立中2年の男子生徒=当時(13)=の父親だった。
 「裁判か、和解か」。思い悩む母親の相談に大津の父親はアドバイスした。7月上旬のことだった。
 大津の父親と知り合ったのは女子生徒が亡くなって2カ月ほどたったころ。同じ境遇の家族を案じ、父親が自宅を訪れたことが始まりだった。以来、何度か会い、時に電話を通して信頼関係を築き上げてきた人の言葉に、揺れ動いてきた心が定まった。

<「尊厳回復する」>
 それまでは損害賠償請求訴訟を起こす気でいた。
 「金銭が目的だと世間に誤解される」。親族たちは不安を口にした。
 どう思われようと関係ない。「娘の尊厳を回復する」。そのために戦うことに意味があると信じていた。
 娘をいじめ自殺で失った別の父親は「うちの娘の場合はいじめと認められず、裁判するしかなかった」と語り、「あなたの娘さんはいじめが原因で自殺したと報告書で認められている」と違いを指摘した。
 天童市が設置した第三者委員会は、昨年10月にまとめた報告書で「いじめが自殺の主たる要因」と結論付けた。ただ、責任の所在は不明確なままだった。
 「学校はなぜ適切な対応をしてくれなかったのか」。裁判ではっきりと市や学校の責任を認めさせたい。大津の父親から助言されるまでは、その一心だった。
 いじめで子どもが自殺した全国の親たちの多くが口にした体験談も耳に残っていた。「裁判しても、なかなか真実を明らかにできない」。大津の父親も、そのことに触れた。

<「区切り」今かも>
 報告書がまとまる直前の昨年9月、がんで亡くなった夫に心の中で問いを繰り返した。「お父さんならどうする」。夫が生前、裁判で納得のいく結果を得ることの難しさを口にしていたことを思い出した。
 娘の死から2年8カ月。「いつかは区切りを付けなければならない」。それが今なのかもしれない。そうも考えた。
 いじめ自殺は後を絶たない。報道に接するたび、やりきれない思いになる。
 「本当ハ、『死』ニたく、なカッタだけなのに。ダレカ、タスけテよぅ。私ヲ、『生』かしテヨゥ」。娘がノートに残した言葉は今も頭から離れない。
 「納得のいく選択なんてあり得ない。娘が戻ってくる訳ではないのだから」
 改めて報告書を読み、前向きに捉えれば、満足できる内容だ。
 悔しさと無念が晴れることはない。今も、和解という結論が正しかったかどうか、自問は続く。


関連ページ: 山形 社会 いじめ自殺

2016年09月22日木曜日


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