岩手のニュース

<道しるべ探して>地域文化 支える手仕事

年季の入った道具で馬具作りに精を出す塩釜さん親子=盛岡市の塩釜馬具店

◎とうほく共創 第4部ものづくり(中)クラフトマンシップ

 初夏の岩手路を農耕馬が練り歩く「チャグチャグ馬コ」。華麗な馬具は、全て盛岡市にある塩釜馬具店の手による。
 作業場では、3代目塩釜孝さん(69)と長女亜希子さん(36)が飾りの付いた面綱や家紋をあしらった鼻隠し、腹帯を作る。「丁寧に良い品を作り続けたい。それが私たちの役割」。父に娘がうなずいた。
 創業は1923年。孝さんの祖父が、盛岡にあった旧陸軍騎兵隊に請われて店を開いた。かつては長者番付の上位に名を連ねる馬産地岩手の花形産業だった。
 60年代に入ると農耕馬は耕運機に役割を譲る。数十軒あった馬具店は次々のれんを畳み、今や東北唯一の店になった。200年以上続く伝統行事も、塩釜さん親子なくしては成り立たない。

 孝さんは30歳で家業を継いだ。「既にもうからない仕事だった」。電力会社の集金バッグや道具かばんの製造で、何とかたつきを立ててきた。
 併設したレザーショップでベルト、道具ケース、熊よけ鈴などを売る。孝さんは「何でもやらないと食えないから」と手業に励む。
 店には時折、職場体験の小学生が訪れる。馬具職人という職業の将来に不安もあるが、亜希子さんが子どもたちに将来の夢を聞くと「農家」「漁師」「職人」と返ってくる。「何だか都会のホワイトカラーを目指す時代ではないみたい」

 三陸の沿岸漁業を支えてきた鍛冶職人が、大船渡市三陸町にいる。
 熊谷鈴男さん(71)は中学卒業後、父親の元で焼き入れの技を学んだ。漁に欠かせない30種類以上の漁具を製作する。
 カキむき用ナイフは北海道、岩手、宮城、石川など全国各地に流通。丈夫さと切れ味が評判の逸品だ。
 北海道の漁協組合長から「熊谷さんのナイフに替えたら交換が4分の1に減った」と感謝された。熊谷さんは「長持ちするともうからないけど、喜んでもらえれば幸せ」と顔をほころばせる。
 東日本大震災で浜は壊滅的被害を受け、漁具の注文は丸2年途絶えた。
 窮地を救ったのが、ガーデニングブームに着目して90年代に製作を始めた「草取りカギカマ」だった。慣れない営業で販路を拡大。年間3万本を売り上げる。
 風雪を耐え抜いた職人技が、地域の伝統と文化、そして暮らしを守り続ける。


2016年09月25日日曜日


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