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<その先へ>原発事故「共犯」謝罪の行脚

普門寺を訪ねる増田さん。1日分の着替えと飯ごう、鍋など最低限の荷物を持って旅をする=8月24日、陸前高田市

◎元福島第1原発副所長 増田哲将さん=長野市

 8月24日、岩手県陸前高田市の普門寺。東日本大震災の津波で流された同市の「高田松原」の倒木で作った母子3体の地蔵を前に、般若心経を唱える男性がいた。
 長野市の山伏増田哲将さん(79)。増田さんの地元の善光寺には、普門寺の母子地蔵の家族で、出稼ぎに来たとされる父親の地蔵がある。善光寺では前日、地蔵を巡って子どもの健全育成を祈る地蔵盆が開かれた。
 「善光寺はにぎわっているのに、こっちは寂しいと思ってね。それで来たんです」。手には錫杖(しゃくじょう)、頭には漆塗りのかさ。サンダル履きの足が日に焼けている。
 増田さんは東北4県の被災地で巡礼路の整備を目指す一般社団法人「東北お遍路プロジェクト」(仙台市)の巡礼地の旅を続けている。昨年は福島県を巡礼。今年は宮城県を巡った後、普門寺に足を伸ばした。

 東京電力に勤務した。主な仕事は首都圏の電力供給地・福島県との折衝で、50〜52歳の時に福島第1原発副所長を務めた。退職後、厳しい修行を積み、70歳で山伏になった。
 2011年3月、自宅で原発事故のニュースを聞いていた。現場で働いた経験から、職員たちが混乱しているのが分かった。「1号機に人が集中し、子どものサッカーのようだった。もっと2、3号機を守ることに力を注げば、放射能の放出量はずっと少なくて済んだ。人災だった」とみる。
 同年4月、東電が放射能汚染水を海に放出したことに衝撃を受けた。「漁業者のことが頭の片隅にもなかったのではないか」。漁業関係者が東電幹部に言った言葉が耳を離れなかった。「東電は問題が起きた時に裏切る。こんな会社とは別れよう」。そう決心した。

 福島県沿岸部の行脚に出掛けた。世話になった人々への謝罪の旅だった。「組織をつくった責任は自分にもある。自分は人類、日本国民、福島、浜通りの人に対する大罪の共犯者」。行方不明者の鎮魂のため、海に向かい、手を合わせた。
 昨年5月、東北お遍路の出発地に、原発が立地する福島県大熊町の熊川海水浴場を選んだ。町民の憩いの場だった海水浴場は今、帰還困難区域で中間貯蔵施設の建設予定地になっている。訪れる人は誰もいない。
 増田さんは海水浴場に東北お遍路の石標を建てるため托鉢(たくはつ)などで資金を集めている。「石標を建てて初めて自分が大熊に受け入れてもらえる。建立を許してもらえたならば、大熊で人を育てる活動をしてみたい」
 これからもサンダル履きの足で謝罪と鎮魂の険しい道を歩いていくつもりだ。(跡部裕史)


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2016年09月26日月曜日


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