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<不測の濁流>読めぬ猛威 判断狂わす

入所者9人が犠牲となった「楽ん楽ん」(手前の白い屋根の建物)。急激に増水した濁流にのみ込まれた=8月31日、岩手県岩泉町

 岩手県沿岸に深い爪痕を残した台風10号豪雨から30日で1カ月となる。県内では20人が死亡し、3人の行方が分かっていない。被害が集中した岩泉町では19人が命を落とした。台風に直撃された町で何が起きていたのか。(岩手台風10号豪雨取材班)

◎岩泉・台風10号1カ月(上)急変

<流れ一気>
 「玄関に水が上がってきたみたいよ」。入所者の女性が声を上げた。
 台風10号が岩手県沿岸に上陸した直後の8月30日午後6時10分ごろ。岩泉町乙茂の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」には70〜90代の入所者9人と女性所長1人がいた。
 所長が外を見ると、前の道路は川のようになっていた。隣接する3階建ての介護老人保健施設「ふれんどりー岩泉」に避難する準備を始めようとしたが、電話がつながらない。
 入所者全員を個室のベッドに誘導した数分後。「ドン」。玄関が破られ、濁流が一気に流れ込んできた。
 この約1時間半前の午後4時半ごろ。伊達勝身町長は自ら車を運転し「楽ん楽ん」近くの小本(おもと)川を見て回った。朝のうちに避難準備情報は出した。多少の増水はあったが、「すぐに避難勧告を出す必要はない。大丈夫だろう」と感じた。

<史上最多>
 午後5時前。役場3階の総務課で電話が一斉に鳴りだした。「家の裏の沢があふれた」「川が増水している。土のうがほしい」。町民からだった。
 やまない電話に、佐々木久幸総務文書室長(43)は「大変なことが起きている」と感じた。役場内は混乱し、午後5時に予定していた災害対策本部会議も開く余裕がなくなった。
 20分後。自席のパソコンで表示していた小本川の水位情報が目に入った。避難勧告発令基準の2.5メートルを超えたが、どの職員も電話対応に追われ手続きができなかった。情報は町長に伝わらなかった。
 盛岡地方気象台によると、同町の午後6時21分までの1時間降水量は観測史上最多の70.5ミリ。滝のような降りようだった。周辺自治体は軒並み避難勧告や指示を出していた。岩泉町だけが抜け落ちていた。
 午後5時50分ごろ。「楽ん楽ん」上流の乙茂橋付近。近くに住む男性(60)は昔、親族に言われたことを思い出した。「この辺は水が集まりやすい。大雨の時は小本川の対岸に逃げろ」
 対岸はわずかに高台。川の水位は上がっていたが、車で橋を渡れた。直後、上流から濁流が押し寄せた。「水が橋を覆っていた」と男性。激流は下流を襲った。

<助け阻む>
 天井近くまで浸水した「楽ん楽ん」では、所長が男性入所者1人と高さ45センチの小上がりに立ち、必死にこらえていた。
 施設を運営する医療法人社団「緑川会」の佐藤弘明常務理事(53)は冠水に阻まれ、近づけなかった。
 所長は小上がりの窓から揺れる明かりを見た。「ふれんどりー岩泉」の3階ベランダから職員が懐中電灯を照らしていた。
 「ここにいたよ−」。首まで水に漬かった2人は叫んだが、濁流にかき消された。間もなく、男性は目を閉じてしまった。
 一夜明けた31日午前5時。佐藤理事がようやく「楽ん楽ん」に入った。入所者は泥に覆われた個室やキッチンで力尽きていた。
 小上がりには男性を抱きかかえたままの所長がいた。「利用者やご家族に申し訳ない」。所長は何度も謝ったという。


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2016年09月28日水曜日


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