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<不測の濁流>過去の経験 ゆがむ対応

入所者9人が犠牲となった「楽ん楽ん」(左手前の建物)の前で手を合わせる施設職員ら=2日、岩手県岩泉町

◎岩泉・台風10号1カ月(中)過信

<「大丈夫」>
 「何かあった時は隣の建物の2階に避難させます。大丈夫です」
 台風10号が迫っていた8月30日午後4時50分ごろ。岩手県岩泉町乙茂の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」を運営する医療法人社団「緑川会」の佐藤弘明常務理事(53)は町役場にいた。
 数十分前に施設南側の小本(おもと)川を撮影した携帯電話の動画を担当職員に見せた。川の水位は通常よりやや高いぐらいだった。

<町の慣例>
 2011年9月、大雨で小本川が氾濫して周辺が浸水した際は「楽ん楽ん」の入所者を隣の3階建て介護老人保健施設「ふれんどりー岩泉」に避難させて無事だった。その経験が過信を生んだ。担当職員も避難を促すことはなかった。
 午後4時半ごろには、伊達勝身町長も車で町内を巡回して川の水位を確認。「これぐらいなら大丈夫だ」と判断した。
 町幹部の一人は「災害時の町長の現地確認は長年の慣例。町長の報告は気象データと同等の扱いだった」と明かす。トップの判断への過信が組織全体にまん延していたことは否めない。
 直後の午後5時20分、小本川は氾濫注意水位の2.5メートルを超えた。同5時半には「楽ん楽ん」周辺が冠水。同6時すぎ、建物に濁流が流れ込み、入所者9人は命を落とした。
 佐藤理事は「水が上がってきてからの避難で間に合うと思っていた。私の判断ミスだ」と謝罪。伊達町長は「避難指示を出す準備を進めていたが、出せなかった。指示があれば助かったかもしれない。私の責任だ」と釈明した。
 同志社大社会学部の立木茂雄教授(災害社会学)は「災害を目前にすると、人間には万が一の大きなリスクを過小評価する心理が働く。現場判断の過信が、その後の対応にゆがみを生んだ」と指摘する。

<避難困難>
 「楽ん楽ん」の悲劇は、災害弱者(災害時要援護者)避難の難しさも浮き彫りにした。
 「認知症の高齢者は少しの環境の変化でもパニックを起こしてしまう。体調を崩すこともある。簡単に避難の決断はできなかった」
 「楽ん楽ん」から西に約8キロの「グループホームいわいずみ」。ホーム長の似内(にたない)ミユキさん(55)が入所者9人の避難を決めたのは、雨脚が弱まった午後8時になってからだった。
 南側の小本川までは約100メートル。消防団から避難を促され、巡回中の警察官数人の手も借りて入所者を高台の民家に移した。施設には似内さんのほかに夜勤が1人。職員だけで9人を移動させるのは無理だった。
 結局、施設は浸水被害を免れた。「入所者1人が避難で体調を崩し、入院した。何が正しい判断だったか今も分からない。施設でやり過ごせるなら、それが一番いい」と打ち明ける。
 東北福祉大総合福祉学部の阿部一彦教授(社会福祉学)は「避難に助けが必要な要援護者の情報は、あらかじめ共有しておかないと災害時は動けない。地域の誰が誰を助けるのか、具体的な避難体制の整備が必要だ」と話す。
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 岩手県沿岸に深い爪痕を残した台風10号豪雨から30日で1カ月となる。県内では20人が死亡し、3人の行方が分かっていない。被害が集中した岩泉町では19人が命を落とした。台風に直撃された町で何が起きていたのか。(岩手台風10号豪雨取材班)


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2016年09月29日木曜日


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