岩手のニュース

<不測の濁流>行動計画で災害に先手

安家川が氾濫し、川沿いに並ぶ住宅の多くが浸水した安家地区=6日、岩手県岩泉町

◎岩泉・台風10号1カ月(下)教訓

<急な増水>
 台風10号が岩手県に迫った8月30日午後5時半ごろ。岩泉町西部の穴沢地区で小本(おもと)川の水位が上昇した。
 「川の水が上がってきた。逃げよう」。危険を感じた岩舘慶子さん(76)は夫の五郎さん(76)、隣家の義母サツさん(93)と共に避難しようとしていた。
 慶子さんが車に乗り込んだ後、氾濫した水に囲まれた。玄関から車に行こうとした五郎さん、サツさんと離れてしまい、慶子さんは車ごと押し流された。
 約100メートル離れた近所の高台に住む男性が、水に浮く車を見つけた。慌てて駆け寄った。水の流れが遅かったことが幸いした。右手で木につかまり体を支え、左手で窓から慶子さんを引っ張り出した。
 五郎さんとサツさんの姿は見えなかった。男性は「どうか2階に逃げていてくれ」と願ったが、翌日、近くで五郎さんの遺体が見つかった。サツさんは今も行方不明となっている。
 「川の水が急に増え、突然濁流が押し寄せた」。避難が遅れた住民たちに共通する証言だ。
 岩手大理工学部の小笠原敏記准教授(水工学)は「山間部は川の幅が狭く蛇行する。流れの速度は遅く1度水位が上がると下がりにくい。岩泉は平地が少なく、川や沢に沿った限られた土地に家があり被害を大きくした」と指摘する。

<「初めて」>
 30日午後5時すぎ。町北部の安家(あっか)地区でも安家川が氾濫した。嘉村ツヤさん(81)は、居間の床下に流れ込んだ濁流に畳ごと天井近くまで押し上げられた。
 流されまいと必死に窓枠にしがみついた。「もう駄目かも」と頭をよぎった時、ようやく水が引き始めた。嘉村さんは「大雨が降っても家の前の道路が少し冠水する程度だった。37年暮らしてきて、こんなことは初めて」と振り返る。
 東北大災害科学国際研究所の今村文彦所長は「昨年の関東・東北豪雨や今回の被害を見ると、局所的な豪雨や台風が勢力を保ったまま上陸するなど、数十年に一度と考えられてきた災害が東北でも一般的になる」と警鐘を鳴らす。

<業務集中>
 小本川と支流の清水(しず)川が合流する町中心部の向町地区では、両方が氾濫した。
 「水かさは浅い。大丈夫だ」。川原テツヨさん(86)は午後5時半ごろ、自宅裏を流れる清水川を見た。川原さん宅の約100メートル南側で小本川に合流する。
 「おばあちゃん、すぐに避難して」。30分後、消防署員が訪れた。川があふれ、膝まで水に漬かり高台の病院に逃げた。あと少し避難が遅れたら、濁流に巻き込まれた恐れがある。
 台風など予期できる災害の場合、時間経過に沿って避難勧告の発令を含め関係機関の役割を決めておく「タイムライン」(事前防災行動計画)が有効という。岩手では北上川流域の盛岡市など10市町が導入するが、岩泉町にはなかった。
 NPO法人環境防災総合政策研究機構の松尾一郎専務理事は「自治体規模が小さいほど災害時は1人の職員に業務が集中し、混乱する。事前に関係機関と役割を整理し、誰が何をするのか戦略を持たなければ先手は打てない」と強調する。
          ◇         ◇         ◇
 岩手県沿岸に深い爪痕を残した台風10号豪雨から30日で1カ月となる。県内では20人が死亡し、3人の行方が分かっていない。被害が集中した岩泉町では19人が命を落とした。台風に直撃された町で何が起きていたのか。(岩手台風10号豪雨取材班)


関連ページ: 岩手 社会

2016年09月30日金曜日


先頭に戻る