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<あなたに伝えたい>優しかった妻いつも心の中

弘子さんとの写真を眺める亮さん。膝の上の毛布は避難した際に弘子さんが掛けてくれたもの

◎山内亮さん(宮城県南三陸町)から弘子さんへ

 亮さん 日本一優しい妻でした。家計を切り盛りして子どもや孫を立派に育てました。あなたが亡くなってからいろいろなことがありました。孫たちは私たちと同じ教師になった。今度、結婚する孫もいる。昨年は、ひ孫も生まれた。伝えたいことがたくさんあります。聞いたら、うんと喜んだだろうね。
 東日本大震災が発生した時は、自宅で私と二人きりでした。ガタガタと天井が落ちるんじゃないかと思うくらい揺れました。寝たきりの私を車椅子で押して家から出してくれた。建設会社の作業員に軽トラックの荷台へ車椅子ごと載せてもらい、高台に行く途中、あなたがいないことに気付きました。
 あなたのことだから、私が毎日飲んでいる薬を自宅に取りに行ったんだと思う。心残りです。逃げる時、車椅子の私に掛けてくれた毛布やジャンパーは今でも大事に使っています。
 あなたは歌が大好きでした。南三陸町名足小の教師だった頃、NHKの合唱コンクールの県大会で入賞しました。小さな学校では快挙でした。熱心に指導したからでしょう。50年たった今でも教え子が来て当時の話を聞かせてくれます。
 子どもや孫、親戚が集まると、あなたの思い出話をします。それが今の私の一番の楽しみなんだ。いつもみんなの心の中にいる大切な存在。最近、趣味の歌で、あなたのことを詠みました。
 <五年経(た)ち 遺品も何もないけれど 会話の中には出てくる妻の名>

◎私たちの後を追い孫たちも教師に

 山内弘子さん=当時(78)=。宮城県南三陸町歌津で夫亮さん(88)と長男夫婦の順さん(59)、恵美子さん(56)の4人暮らし。亮さんとともに地元の小中学校の教師だった。車椅子の亮さんを高台に避難させた後、自宅に戻り津波に流されたとみられる。


2016年10月02日日曜日


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