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<下北 電気100年>原発延期続き未完成

青森県で実働する発電所の中で最も古い岩谷沢発電所の発電機=むつ市

◎エネルギーに揺れて(下)挫折


 青森県むつ市川内町の岩谷沢発電所は川内川を水源に1919(大正8)年に運転を始め、2年足らずで存続の危機に立たされた。
 「(掘り出した)鉱石を運搬するために発電所がつくられたが、その鉱山が下火になった」。東北電力むつ営業所の橋本誠総務課長が説明する。
 発電所は、近くにあった国内有数の銅山「安部城(あべしろ)鉱山」を所有する東京の田中鉱業が建造した。第1次世界大戦の終結で需要が減り、銅山は21(大正10)年に休山。発電所は所有者を変えて存続し、今は東北電が管理する。

<建設中止の不安>
 下北のエネルギー開発はこの100年、挫折と隣り合わせだった=表=。
 「生きている間に運転開始はないかもしれない」
 電源開発(Jパワー)が青森県大間町に建設している大間原発。同町の石戸秀雄町議会議長(66)は、こう言う。
 町議会が84年に大間原発の誘致を決議して、32年がたつ。それ以前から町議を務め、国の原子力政策を見てきた石戸議長は、過去の経験から建設が中止になる不安をかき消せずにいる。
 「国は、コストがかかるからやめると言っている」。95年夏、病床の故金沢弘康町長に告げられたときのショックを覚えている。
 誘致予定だった新型転換炉は、建設計画を決めた85年から毎年のように着工を1年ずつ延期。国は95年、計画の撤回を決めた。

<震災影響で停滞>
 代わりに出てきたプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を全炉心に使う原発の計画は、東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故の影響で大きく停滞。Jパワーは正式な運転開始の時期を示せないまま2014年、15年、16年と3年続けて見通しを変更した。
 ずるずると延期される見通しと建設コストの増大が、かつての二の舞にならないかという不安をあおる。
 石戸議長は「今は信じるしかないが、原発計画がなくなる日が来るかもしれない。そうだとしても国への協力を続けていれば、代替施設の話が出てくるはずだ」と期待を寄せる。
 下北のエネルギー開発はなぜ、順風満帆とは行かないのか。
 東北大大学院の長谷川公一教授(環境社会学)は「世界で原発の優位性は低下している。周回遅れのランナーのように流れに遅れて原子力施設に飛び付いているから、計画通りに行かない不利益を被る」と分析。「地域の特性を生かした自然エネルギーへ転換すべきではないか」と提言する。
 97年前に発電を始めた岩谷沢の水力発電所は、3度の冠水被害に遭いながら今も現役で電気を送り続ける。次の100年へ知恵を絞るのは今かもしれない。


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2016年10月08日土曜日


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