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<あなたに伝えたい>財布に顔写真懸命に生きる

長面の例祭に参加したすみゑさん(左)。「お祭りで人がつながっている」と話す。震災で周辺は居住できない災害危険区域に指定された=7月17日

◎三條すみゑさん(宮城県石巻市) 泰寛さんへ

 すみゑさん 3人兄弟の末っ子です。男女を問わず、友達と仲が良かったですね。口数は少なかったけれど、意外に目立ちたがり。震災当日の朝、髪の毛を茶色に染め、照れくさそうにしていました。
 地震発生当時、私は外出先にいました。帰宅していた息子と携帯電話のメールでやりとりしました。最後の返信は午後3時13分。「家は大丈夫だけど中はほぼダメ」という内容でした。
 遺体は長面の寺の前で見つかりました。3月14日が18歳の誕生日でした。私は避難先の体育館で消灯後、声を殺して泣きました。
 息子は大川中と石巻商高の部活動でバレーボールをしていました。身長166センチと小柄でもジャンプ力があり、サイドアタッカーとしてプレーしました。最初はルールも分かりませんでしたが、対外試合や熱心な指導の結果、郡大会で優勝しました。高校の最高成績は県大会ベスト8です。
 息子中心の生活でしたね。ほぼ一年中、私が車を運転して練習場や試合会場まで送り迎えしました。
 高校のバレー部顧問が息子の火葬に来てくれました。「この子たちのおかげでベスト8まで行った。誇りに思っています」と親族らに話してくれました。息子が長男の夢に現れて「うれしかった。ありがとう」と感謝したそうです。
 今は高校時代の息子の顔写真を財布に入れて歩いています。長面のお祭りに参加したり、御詠歌を習ったり、自分のペースで精いっぱい生きようと思います。

◎部活動へ送迎 生活の中心だった三男
 三條泰寛さん=当時(17)= 宮城県石巻市長面で父経三郎さん(65)、母すみゑさん(58)らと暮らしていた。同市の大川小、大川中を経て、石巻商高を卒業。電子部品メーカーへの就職が決まっていた。地震発生後、自宅から外に出て避難中、津波にのまれた。


2016年10月16日日曜日


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