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<大川小 還らぬ人へ>語る決意尾根に刻む

昇魂之碑にヒマワリを手向ける紫桃さん。美谷島さんの次男健君の墓標にも供えた

 日航ジャンボ機墜落事故から31年となる8月12日、宮城県石巻市の紫桃(しとう)隆洋さん(52)が御巣鷹の尾根(群馬県上野村)を訪れた。

◎津波訴訟10月26日判決(3)紫桃隆洋さん

<春休みを心待ち>
 「安心安全な社会を実現し、未来の命を守る」
 自宅の庭で育てたヒマワリの花束を墜落地に立つ「昇魂之碑(しょうこんのひ)」に手向け、誓った。
 乗員乗客520人が犠牲になった現場に至る登山道の入り口付近では、日航社員や地域住民が全国から訪れた他の事故や事件、災害の遺族らを案内していた。
 「大切な人を失った悲しみと共に生きる、あらゆる人々を御巣鷹は受け入れている」
 東日本大震災の津波で石巻市大川小5年だった次女千聖(ちさと)さん=当時(11)=を失った。3人きょうだいの末っ子で甘えん坊だった。
 肩たたきで小遣いをため、親友2人とディズニーランドに遊びに行く、と春休みを心待ちにしていた。親友2人も大川小で命を落とした。
 石巻市教委が2011年4月9日と6月4日に開いた保護者説明会。地震発生時、校内にいた教職員11人のうち、唯一助かった男性教務主任らが発言した。
 「何度も揺れが来て山の方で木が倒れた様子を見ました」
 「大津波ということで、想定を超えたもので…」
 親の叫び声が発言を遮る。
 「木は倒れてません」
 「想定外ではありませんからね」
 説明会のやりとりを正確に再現できるのは、紫桃さんがビデオカメラで撮影していたためだ。市教委は2度の説明会を録音すらしていなかった。紫桃さんに借りた記録などで、議事録をまとめた。
 「録画していなければ、証言はなかったことにされたかもしれない」。遺族の不安は杞憂(きゆう)ではなかった。

<命の重さを共有>
 市教委は生き残った児童らの聞き取りメモを廃棄していた。唯一の生存教諭が送った手紙は、7カ月もたった後に遺族に示された。
 「学校の管理下で74人の児童が犠牲となった惨事を、本当に重く受け止めているのか」
 第三者による大川小事故検証委員会の調査や結果にも納得できなかった。
 積み重なった不信感と、「小さな命に意味を持たせたい」との思いから提訴に踏み切った。
 御巣鷹の尾根を初めて訪れた13年8月、検証委のメンバーを務めた美谷島邦子さん(69)と会った。小学3年だった次男健君=当時(9)=のために毎年、慰霊登山を続けるジャンボ機墜落事故の遺族だ。
 紫桃さんは「わが子を亡くした親と親。会話はなくても、顔を見るだけで気持ちは伝わる」と言う。
 御巣鷹への慰霊登山は今年で4度目となる。機長の遺族と美谷島さんがあいさつを交わす。立場を超え、命の重さを共有する姿を見てきた。
 娘を奪った大川小の惨事の教訓を後世に伝えるため、語り部を続ける。その決意を胸に来年の夏も御巣鷹に登る。
          ◇         ◇         ◇
 児童74人と教職員10人が犠牲になった宮城県石巻市大川小の津波被害を巡る訴訟の判決が26日、仙台地裁で言い渡される。東日本大震災から5年7カ月、片時も忘れ得ぬ「還(かえ)らぬ人」へ−。原告や遺族関係者の思いを伝える。(石巻総局・水野良将、報道部・斉藤隼人、畠山嵩)


2016年10月17日月曜日


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