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<福島の医療機器産業>技術探求 未来つくる

エコー電気の工場内。自作の加工機械が並ぶ
開発された医療機器。わずか5秒で涙の量を測定できる

 福島県で医療機器産業が花開いている。2014年の出荷額は1303億円で全国3位だ。県による補助や展示会開催を追い風に既存企業や町工場が参入し、自社製品の開発などにこぎ着けている。東京電力福島第1原発事故からの復興のけん引役へ。世界市場という大舞台で輝く生産現場の一部を取材した。(福島総局・高橋一樹)

◎舞台は世界(上)エコー電気(白河市)ドライアイチェッカー

<わずか5秒>
 「100年の歴史に切り込む商品になる」。医療分野に参入したエコー電気(白河市)の塩野量三取締役(65)は静かに語る。
 開発したのは「ストリップメニスコメトリチューブ」。ドライアイかどうかの診断に使う長さ8.5センチ、幅数ミリの医療機器だ。
 100年続いてきたとされる従来の診断法は、ちょっと手間がかかる。眼球と下まぶたの間に、涙の量が分かる目盛り付きの細長い試験紙を差し込む。そのまま5分。しみ出る涙をじっと待つ必要があった。
 それがわずか5秒。新商品を眼球に付ければ、あっという間に測定できる。吸水性の高い素材のレーヨンが、健康な人なら眼球表面の下に常時0.005ミリリットルある涙を吸収するという。
 創業は1959年。プレス加工工場としてスタートし、粘着テープや付箋といった事務用品の加工などを手掛けてきた。ただ、いずれも大手などからの下請けにとどまっていた。

<未知の作業>
 新商品は初の自社製品となる。開発を始めたのは2010年ごろ。医療機器産業に力を入れる福島県が開いた商談会やセミナーに参加し、時間を要するドライアイ診断の課題を知った。
 テープの加工は、異なる材質を貼ったり切ったりしてきた。「自分たちの技術を生かし、新商品を作れる」。宮坂静子社長(70)は確信したという。
 ところが、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が発生。川俣町の本社工場など福島県内2拠点を集約する形で、80キロ離れた白河市への移転を決めた。約50人いた従業員は10人以上が退社。生産性は落ち、売上高も15%減少した。
 「苦境だからこそ、新しい未来を生み出す価値がある」。宮坂社長と従業員にとって、新商品開発の重要性が一段と増した。
 材質から探るのは未知の作業だったが、手作りは慣れている。川俣町に本社があった時代から多くの加工機械を自作してきた。
 開発は成功し、新商品は12年、医療機器として登録され、専用の加工機械も完成した。従来の取引も戻り、売上高は震災前水準を回復しつつある。

<工夫細やか>
 新商品には細やかな工夫が凝らされている。レーヨンを挟んで表は柔らかいポリウレタン、裏はやや硬いポリエステルの3層構造で、目への負担を抑え、一定の強度も保たれている。
 現在は国内での保険適用を目指し、学会などを通じて認知度を高める取り組みを重ねる。
 「眼科だけではなく健康診断でも使われるようになれば、ドライアイ予防や目の健康維持にも役立つ」。宮坂社長は医療分野の可能性をしっかり見据える。


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2016年10月18日火曜日


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