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<福原愛>苦しい練習 自信養う

五輪への思いや古里の人々への感謝を述べる福原

 リオデジャネイロ五輪卓球女子団体で銅メダルを獲得した福原愛(27)=ANA、仙台市出身=が18日、河北新報社のインタビューに応じ、「3歳9カ月で卓球を始めて、仙台の多くの人に支えられた。皆さんに喜んでもらうのが一番の幸せ。最後まで頑張り抜けて良かった」と古里や五輪への思いを語った。

 −メダルを持って帰るという仙台市東六郷小の児童と交わした約束を果たした。
 「子どもたちにメダルを掛けるとすごく喜んでくれ、私も幸せな気持ちになった。敗戦から次の試合へ気持ちを切り替える時にみんなの声援や顔が思い出され、大きな力になった」

 −7月に仙台でダブルスの強化合宿をした。
 「これまでにないくらいハードな練習をした。それがメダルに結び付いた。唯一の楽しみは晩ご飯。牛タン、仙台牛のすき焼きなどを食べてパワーを付けた」

 −シングルス3位決定戦や団体準決勝の後、気持ちをどう切り替えたのか。
 「ものすごく悔しく切り替えが難しかったが、私が崩れてメダルを逃したらチームメートの(石川)佳純ちゃん、(伊藤)美誠に申し訳ない。皆さんの喜ぶ顔も見られなくなる。何としてもメダルを取るんだという強い気持ちを持った」

 −団体で銅メダルが決まると涙が止まらなかった。
 「前回メダルを取っているので、今回すごいプレッシャーがあった。自分は最年長で主将。何があっても動揺してはいけない、負けても泣かず、勝っても喜び過ぎないようにした。最後は、我慢していたものが全部一気にあふれ出た」

 −敗れてしまったものの、シングルス3位決定戦は鬼気迫るものだった。
 「4年に1度の五輪であり、メダルの懸かった試合だった。4年後の五輪に出られる保証は誰にもない。毎回、これが最後の五輪かもしれないと思いながら、一回一回大事に戦っている。過去3大会で学んだことを出し切ろうと臨んだ」

 −苦境で心の支えにしていることは何か。
 「練習しかない。苦しい練習を乗り越えた分だけ自信が付くし、試合で力を発揮できる」

 −自身にとって五輪とは。
 「出場は小さい頃からの夢で、それが目標に変わり、さらにメダルが目標になった。4年に1度しかなく人を魅了し成長させてくれる舞台。とても魅力的で人を引きつける何かがある」

 −9月に結婚した。子どもは卓球選手にするのか。
 「私が選手だったことを教えず、温泉旅館での卓球でスマッシュしてびっくりさせたい。卓球をやるかどうかは本人に任せたい」(聞き手は宮田建)


2016年10月19日水曜日


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