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<あなたに伝えたい>月命日に夫と掃除する日々

美紀さんの携帯電話を眺める聖子さん。美紀さんが着ていた郵便局の制服のポケットに入っていた

◎吉田聖子さん(二本松市)から美紀さんへ

 聖子さん お姉ちゃんは3人の子どもの中で一番優しく、いつも家族に心配を掛けないように振る舞っていましたね。震災の3年前には福島県富岡町小良ケ浜の高台に、クリーム色のかわいらしい家を自分で建て、一緒に暮らしてくれました。
 震災の日の朝、「おかんに似てるって、また言われた」と笑顔で家を出たとき、私はただうなずきました。今思えば「そうだね、似てきたね」と言葉を掛けてあげればよかった。
 いつも真面目。地震の揺れが収まった後も郵便局にいて、津波に遭ったのでしょう。どんなに苦しかったか。私が代わってあげられたらよかったのにと、思わない日はありません。
 穏やかな性格で一緒にいると、私も心が落ち着きました。老後は2人で新幹線に乗って北海道など日本各地を旅するのが夢でした。もっともっと、私よりも長く生きていてほしかった。
 本当はすぐにでも、あの家に戻って暮らしたい。でも、東京電力福島第1原発事故で避難指示区域になってしまい、容易に帰れないのが悔しくてたまりません。今は毎月11日に、夫と2人であなたが大好きだった家を掃除しています。
 14年にはあなたの妹に息子が生まれました。同じように猫好きで、目元も似ているので「美紀の生まれ変わりかな」なんて話しています。
 私も最近、少しずつ外に出るようになりました。あなたのおばさんたちと一緒に、みんなに愛されたあなたについて話しながら、思い出の場所を巡るのが楽しみです。(日曜日掲載)

◎一緒に暮らしたクリーム色の家

 吉田美紀さん=当時(35)= 福島県富岡町の自宅で母聖子さん(63)と暮らしていた。同県浪江町の勤務先だった請戸郵便局で、東日本大震災の津波に見舞われたとみられる。2011年4月、郵便局から約800メートル離れた場所で遺体で見つかった。


2016年10月23日日曜日


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