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<まちびらき>みんなでいい街に 被災者決意

芋煮の出店で腕を振るう田所さん(左端)ら「つばめの杜地区東区」の女性たち=宮城県山元町のつばめの杜中央公園

 心が通い合う街にしたい−。東日本大震災被災者の集団移転先完成を記念する「まちびらき」が23日にあった宮城県山元町の新市街地「つばめの杜地区」。町沿岸部の家を流され新天地に集う住民たちは、手作りのイベントで式典参加者らを歓迎し、節目の日を盛り上げた。
 今春に発足したばかりの行政区「つばめの杜地区東区」は、女性が中心となって新市街地の公園で芋煮の店を出した。
 大鍋からもうもうと湯気が上がる。「いらっしゃい」「温まりますよ」。明るい声の中心にいたのが、海沿いの笠野地区から長男夫婦と移り住んだ田所まり子さん(66)だった。
 「もともと引っ込み思案で、自治会活動をするタイプじゃなかった」と田所さん。「みんなでいい街にしたいから」と芋煮を提供する担当を引き受けた。
 42歳の時に夫の信男さんを仕事中の事故で亡くしている田所さん。当時ふさぎがちになっていたとき、地区の人たちは「何してたの?」といつも声を掛け、支えてくれた。
 イチゴ農家の多かった居心地のよい地域は津波で壊滅状態になった。海から400メートルの家は全壊。趣味が高じて野菜や花を直売所に出荷していたが、農機具も畑も全て流された。仮設住宅生活を経て今年4月、つばめの杜で再建を果たした。
 一緒に芋煮を振る舞った伊藤よしみさん(66)は小中学校の同級生。積極的な田所さんの様子に「私もそうだけど、街のためにできることをしたいとの気持ちがあると思う」と話す。
 田所さんや伊藤さんと一緒に準備にあたった伊藤芳通さん(71)は、隣の花釜地区から移住してきた。「ここは都会のような街並みだけど、一緒に活動すればすぐに打ち解けられる。大変な思いをしているのもみんな同じ」と言う。
 山元町では震災で636人が亡くなった。花釜地区では147人、笠野地区では44人が犠牲になった。
 「外では明るくても、家に戻れば別の人もいると思う」。そう語る田所さんの夫は24年前の朝、家を出たまま戻ってこなかった。「気持ちが落ち着いたのは七回忌が終わってから。それまでは泣きながら晩ご飯を食べていた」。突然の別れのつらさは身に染みている。
 震災から5年と7カ月余り。田所さんは「みんなで、さまざまな人の思いをくみ取れる街にしたい」と決意を新たにする。


2016年10月24日月曜日


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