宮城のニュース

<大川小訴訟>津波予見可能性が焦点

 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、仙台地裁(高宮健二裁判長)で言い渡される。学校の管理下で起きた未曽有の大惨事を巡り、学校側が津波の襲来を予見し、犠牲を回避できたかどうかが最大の焦点となる。
 主な争点は表の通り。地震発生後、教職員は防災無線やラジオで大津波警報や津波の情報を得たが、その後約45分間にわたって児童を校庭に待機させ、津波襲来直前に海抜約6〜7メートルの堤防道路に向かったとされる。訴訟では、一連の行動が小学校教員として児童の安全に配慮すべき義務に違反するかどうかで主張が分かれた。
 遺族側は(1)学校は震災前に危機管理マニュアルを改訂し、津波に関する具体的な記述を盛り込んでいた(2)震災前、校長は教頭らと津波発生時の避難先を複数回話し合い、津波の到達を想定していたが、適切な対策を取らなかった(3)裏山などに避難すれば児童は全員助かったのに、長時間校庭で待機させた−と主張した。
 市側は(1)大川小は津波の浸水予想区域外にあり、津波の避難所に指定されていた(2)当時得られた情報から津波の到達を予測するのは不可能だった(3)裏山は余震で崩壊する恐れがあり、地区住民と協議した結果、堤防道路へ避難した判断は合理的だった−と反論した。
 県側は「事前の科学的な知見に基づく限り、津波の到来は予見できなかった」と述べた。
 訴えによると、2011年3月11日に起きた地震による津波で、大川小では訴訟対象の23人を含む児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。同校には約8.6メートルの津波が襲来したとされる。


2016年10月25日火曜日


先頭に戻る