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<大川小訴訟>学校責任どう判断 26日判決

 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁(高宮健二裁判長)は26日午後3時、判決を言い渡す。同校では訴訟対象の23人を含む児童74人が教師と行動中に犠牲になった。学校の管理下における惨事としては戦後最悪とされ、司法が学校の責任をどう判断するか注目される。
 遺族は震災直後から一貫して避難が遅れた原因の究明を求めてきたが、市教委との協議は平行線をたどった。市が設けた第三者事故検証委員会の調査でも十分な回答を得られなかったなどとして、19遺族は2014年3月、司直の手に解明を委ねた。
 遺族は、現場にいた教職員11人のうち、唯一助かった男性教務主任の証言を「児童の最期を究明する唯一の手段」と位置付け、証人尋問を請求した。教務主任は病気休職中で、地裁は尋問を見送った。
 訴訟では(1)津波の到達を予見できたか(2)津波被害を回避し、児童を救えた可能性があったか−が主に審理された。震災当日の対応のほか、前日までの防災体制が適切だったかも争われた。判決の内容次第では、全国の学校関係者に大きな影響を与える可能性がある。
 訴えによると、11年3月11日に起きた地震による津波で、大川小では児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。教職員は約45分間にわたって児童を校庭に待機させ、避難を開始した直後に高さ8メートルを超す津波に巻き込まれたとされる。


2016年10月26日水曜日


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