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<大川小訴訟>災害時学校 安全配慮どう判断

米村滋人(よねむら・しげと)1974年、東京都生まれ。東大医学部卒業後、東大病院勤務などを経て東大大学院法学政治学研究科修士課程修了。2005年9月から8年間、東北大大学院法学研究科で准教授を務めた。13年から現職。専門は民法・医事法。

 宮城県石巻市大川小の津波被害を巡る訴訟の判決が26日、仙台地裁で言い渡される。同地裁が判決を言い渡した過去5件の津波訴訟判決の内容を分析してきた東大大学院法学政治学研究科の米村滋人准教授(民法)に、大川小訴訟の焦点や意義を聞いた。(報道部・斉藤隼人)

◎東大大学院法学政治学研究科 米村滋人准教授に聞く

 大川小訴訟は学校管理下で多数の児童・教諭が被災した点で他の津波訴訟と大きく異なる。一般的に学校は、子どもの安全に配慮すべき重い義務を負っている。災害時における学校の安全配慮義務をどう判断するか注目したい。
 他の津波訴訟と同様、予見可能性が争点となっている。学校は市の浸水予想区域外にあり、過去に津波が来た記録もないことなどから、立証のハードルは高い。市側は周辺住民の著しい被災事実をもって「教職員が予見できなかったのもやむを得ない」と主張しており、この点が考慮されるかもポイントになる。
 一方、過去の津波訴訟で、消防車が付近で避難を呼び掛けていた事実を理由に予見可能性を認めた判決がある。大川小でも消防車や市広報車が脇の県道を通ったことが指摘されており、事前の予見はできなくとも、地震直後の情報によって予見すべきだったとされる可能性はある。
 特徴的なのは、危機管理マニュアルなど事前防災の不備を遺族側が追及していることだ。東日本大震災の前年に津波に関する記述を盛り込んだのに、津波に対応できる十分な高さを備えた避難場所を決めていなかった。教職員は内容を十分把握せず、震災当日もマニュアル通りの行動を取っていない。川に向かって避難し、被害を拡大させた判断が適切だったかどうかは当然問われる。
 震災2日前の津波注意報発令後、当時の校長が「大川小まで万が一津波が来たらどうする」「裏山に登って逃げるしかないかな」という話を教頭や教務主任としたことを認めている。あくまで抽象的な検討にすぎないとみることもできるが、津波襲来を具体的に想定していたと判断される可能性もある。
 遺族が強く解明を求めているのは地震発生から津波襲来までの51分間の行動。生存者が少なく、石巻市が設置した第三者事故検証委員会は十分解明できなかった。裁判所がどこまで事実関係を明らかにできるかにも注目したい。
 自然災害に関する訴訟は近年までほとんど存在せず、その意味でも今回の判決は重要な意味を持つ。


2016年10月26日水曜日


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