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<大川小訴訟>予見性 分かれる判断

判決を待つ原告席の遺族たち=26日午後2時55分、仙台地裁101号法廷(写真部・門田勲撮影)

 東日本大震災の津波の犠牲を巡り、仙台地裁が判決を言い渡した訴訟は、宮城県石巻市大川小訴訟で6件目になる。いずれも遺族が自治体や民間事業者に損害賠償を求め、施設管理者らが津波の襲来を予測できたかという「予見可能性」が主な争点となった。「1000年に1度」「未曽有」と形容される巨大津波に対し、地裁の判断は当時の状況や立地条件などによって分かれた。
 仙台地裁が判決を言い渡した津波訴訟は表の通り。大川小訴訟以前の5件は、行政の事前想定を重視する傾向が顕著にみられた。
 特に、市町村が県の想定を基に作成するハザードマップで、津波浸水が予想されていたかどうかは大きなポイントになった。東松島市野蒜小訴訟では、浸水区域外の体育館にいた女性2人と、浸水区域を通らなければ帰宅できなかった女児の犠牲を巡り、法的責任の有無が線引きされた。こうした傾向を「ハザードマップ至上主義」と批判する識者も少なくない。
 常磐山元自動車学校(宮城県山元町)を巡る訴訟では、地裁は教習所が浸水予想区域外にあることなどから地震直後の津波予見可能性を否定。しかし、「教官らは消防車による避難の呼び掛けを聞いたと推認できる」として、地震発生後の周辺状況の変化を踏まえ、予見可能性を認めた。
 大川小訴訟は同じ高宮健二裁判長が担当し、予見可能性についてこの判断基準を踏襲した。「学校前の県道を通った市広報車が高台への避難を呼び掛けていることを聞き、教員らは大津波の襲来を予見し、認識した」と認定した。
 学校は海から約4キロ離れ、津波浸水予想区域外にあった。このため、震災前や地震発生直後の予見可能性は否定されたが、津波襲来ぎりぎりになって教職員が得られた一つの重要な情報を重視した判断と言える。
 さらに、大川小は約140メートル裏手に傾斜が緩やかな裏山があり、小走りで1分、徒歩でも2分程度で避難できた。地裁判決は児童の犠牲を防げた可能性を指摘し、大津波襲来の危険性を認識していた教職員に対し、安全な避難先を適切に選択できなかった点を過失とした。

仙台地裁で判決が言い渡された津波訴訟

2016年10月27日木曜日


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