岩手のニュース

<復興へのリレー>氷上の格闘技 活力の源

練習中、指導者の話に耳を傾ける野々村さん(右)

◎石巻・スポーツの群像(3)アイスホッケー 盛岡中央高・野々村光純さん

<地元離れ寮生活>
 アイスホッケーは「氷上の格闘技」といわれる。
 盛岡市の盛岡中央高2年野々村光純(こうじゅん)さん(17)は東日本大震災後、その激しいスポーツが生きる活力となった。
 アイスホッケー部に所属。寮でチームメートらと生活を共にしながら、1〜3年の約15人の部員と切磋琢磨(せっさたくま)する。
 「熱くて面白いスポーツ。先輩と後輩の仲が良く、寮の暮らしにも慣れた」
 チームではDFを務める。アイスリンクでスティックや体をぶつけ合い、パックを追う。機を見て攻め上がり、シュートを放つ。
 米沢真人監督(24)は「我慢強い性格。後輩に指導するなど先輩らしくなってきた」と目を細める。
 野々村さんはのどかな雄勝湾が広がる、宮城県石巻市雄勝町で育った。友達と自宅近くの川で水切りをしたり、サッカーをしたりして遊んだ。父親大顕(だいけん)さん(56)は雄勝町の天雄寺の28代目住職。室町時代から続く由緒ある寺で、住民の心のよりどころとなってきた。
 野々村さんは「あの日」のことはあまり覚えていない。当時は雄勝小5年生。教室で大きな地震に襲われ、山道を逃げた。
 「無我夢中だったんだと思う。12日朝に雄勝の街を見たら、ぐちゃぐちゃだった」。自宅や寺、学校は津波に流された。

<家族が練習協力>
 小学4年で始めたアイスホッケーは、5年生で宮城県選抜に入るほど力を付けた。石巻市内の仮設住宅に暮らした雄勝中時代は、仙台市の強豪チームで練習に励んだ。
 大顕さんは車で仙台市の練習場へ送迎し、姉春花さん(18)も家事をするなど協力した。家族が支えたアイスホッケーで、野々村さんは当時の盛岡中央高アイスホッケー部監督に誘われ、親元を離れた。
 今年1月、岩手国体冬季大会に岩手県少年男子代表として出場。「地元の人や家族、雄勝の復興のために頑張ろう」。1回戦で福岡県代表に2−3で敗れたが、最後まで奮闘した。

<地域貢献目指す>
 雄勝町は震災で約240人が犠牲となった。自宅は町内に再建予定。天雄寺は町内の高台に仮設の本堂を構え、再建を目指す。
 大学でアイスホッケーをしながら仏教を学び、修行し、寺を継ぐ−。野々村さんはそんな将来像を描く。「アイスホッケーを続けさせてくれた親には感謝の気持ちでいっぱい。親が地域のためにやってきたことを受け継ぎたい」
 大顕さんは「震災で壮絶な体験をし、人を助けたいという気持ちが芽生えたのではないか」と静かに見守る。
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 東日本大震災の最大被災地、宮城県石巻市ゆかりの人々が東北のスポーツ界で活躍している。子どもから大人まで、選手や指導者、競技を支える住民…。震災からの復興を願いながら一線で奮闘する思い、群像を描く。(石巻総局・水野良将)


2016年10月27日木曜日


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