宮城のニュース

<三笠宮さま逝去>自転車通じ東北振興

東北フォークダンス連合会の20周年記念行事で、若者たちと軽快なステップを踏む三笠宮さま=1975年10月12日、仙台市の宮城県スポーツセンター

 三笠宮さまが逝去された27日、ゆかりのある東北の人々からは温厚な人柄をしのび、惜しむ声が上がった。
 自転車を通じて、戦後の東北振興に尽くした。1952年に始まった「三笠宮杯東北一周自転車競走大会」は、6県の選抜チームの若者が未舗装の道路を走り抜け、傷ついた心と地域を元気づけた。
 東北自転車競技連盟の元理事長伊藤勝吉さん(75)=仙台市太白区=は高校時代に出場し、閉会式での三笠宮さまのにこやかな表情を今も鮮明に覚えている。
 「おめでとう、お疲れさんと優勝チームの選手一人一人に声を掛け、親しみやすさを感じた。競技は先行きが見えない時代に希望の光になった」と振り返る。
 戦災復興を自転車に託した思いは「三笠宮杯ツール・ド・とうほく」などを経て、今年で4回目を迎えた東日本大震災からの再生を支援する「ツール・ド・東北」に引き継がれた。
 仙台市で69〜94年にあった大相撲仙台準場所では、優勝力士に三笠宮旗が贈られた。国民にレクリエーションが必要と考え、ダンスの普及に努めた。軽快なステップを東北でも披露した。
 約30年前、宮城県を訪れた三笠宮さまの歓迎パーティーを催した日本フォークダンス連盟県支部の佐藤均事務局長(66)=名取市=は「奥さまと一緒に踊り、姿勢の良さが印象に残る。気さくな方で、開業直後の仙台市地下鉄南北線にも乗車した」と話した。
 古代オリエント史研究に熱心で、2002年6月には長男の寛仁親王(12年死去)と仙台白百合女子大(仙台市泉区)を訪れ、約1400人を前に講演した。
 JR仙台駅で出迎えた矢口洋生(よぶ)教授(55)は「かくしゃくとした大先生の風格があった。張りのある声が若々しかった」と言う。
 演題は「古代アナトリア文明について」。プロジェクターがうまく作動せず、会場がざわついたが、三笠宮さまは穏やかな口調で「停電ですかあ」と一言。ユーモアで場が一気に和んだという。「知的な話しぶりで、学識豊かな内容に引き込まれた。今は2人ともいないと思うと、時の流れの早さを感じる」と悼んだ。


関連ページ: 宮城 社会

2016年10月28日金曜日


先頭に戻る