宮城のニュース

<大川小訴訟>石巻市と宮城県が控訴へ

震災遺構として校舎の保存が議論されている大川小=宮城県石巻市

 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟で、学校の責任を認めた仙台地裁判決を不服として、市が控訴する方針を固めたことが28日、分かった。市議会の議決を経て正式に決める。県も市に歩調を合わせるとみられる。
 亀山紘市長は河北新報社の取材に「判決を見た限り、受け入れられない内容を含んでいるので控訴したい」と話した。
 市は30日にも市議会臨時会を招集し、控訴提起に関する議案を提出する。
 県側代理人は取材に「最大の争点になった津波到達の予見可能性について、他の津波訴訟と比べ検討が不十分だ。控訴審で判断を仰いだ方がいい」との見解を示した。
 6年生だった長男大輔君=当時(12)=を亡くした原告団長の今野浩行さん(54)は「犠牲になった子どもの命や未来の命よりも、組織や自分の立場を守るために裁判と向き合っていると感じ、残念。行政や教育関係者が子どもの命を守らなくてもいいとの主張を繰り返すのか」と憤った。
 26日に言い渡された判決は「教員らは大津波の襲来を予見でき、裏山に児童を避難させるべきだった」と判断。計約14億2660万円の支払いを命じた。
 判決によると、2011年3月11日午後2時46分に地震が発生し、大川小教職員は約45分間、児童に校庭で待機するよう指示。午後3時37分ごろ、校庭近くの北上川堤防付近(三角地帯、標高約7メートル)へ向かう途中で高さ8メートルを超す津波にのまれ、児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。
 地裁は「津波が来る7分前の午後3時30分ごろ、市広報車が高台への避難を呼び掛けており、教員らはこの段階で大津波の襲来を予見し、認識した」と認定。堤防付近への避難については「裏山は避難場所として何ら支障がなく、堤防付近への避難は不適当だった」と結論付けた。


2016年10月28日金曜日


先頭に戻る