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<大川小訴訟>石巻市が控訴へ 宮城県同調か

 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟で、学校の責任を認めた仙台地裁判決を不服として、市が控訴する方針を固めたことが28日、分かった。市議会の議決を経て正式に決める。県も市に歩調を合わせるとみられる。控訴期限は11月9日。
 亀山紘市長は河北新報社などの取材に「判決は学校の防災教育に非常に大きな影響を与える。津波到達を予見できたかどうかという点と、結果回避責任については受け入れられない内容を含んでいる」と述べた。
 市は30日に市議会臨時会を招集し、控訴提起に関する議案を提出する。
 村井嘉浩知事は「石巻市から正式な話はまだ聞いていないが、足並みをそろえていくことになる。市とよく話し合いながら対応を判断したい」と話した。
 一方、遺族側代理人は「控訴は遺憾。本来は期限まで熟慮して判断すべきだ。亀山市長が軽々に判断したことに、遺族は強い憤りを感じている」と非難した。
 26日に言い渡された判決は「教員らは大津波の襲来を予見でき、裏山に児童を避難させるべきだった」と判断。計約14億2660万円の支払いを命じた。
 判決によると、2011年3月11日午後2時46分に地震が発生し、大川小教職員は約45分間、児童に校庭で待機するよう指示。午後3時37分ごろ、校庭近くの北上川堤防付近(三角地帯、標高約7メートル)へ向かう途中で高さ8メートルを超す津波にのまれ、児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。
 地裁は「津波が来る7分前の午後3時30分ごろ、市広報車が高台への避難を呼び掛けており、教員らはこの段階で大津波の襲来を予見し、認識した」と認定。「裏山は避難場所として何ら支障がなく、堤防付近への避難は不適当だった」と結論付けた。


2016年10月29日土曜日


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