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<学校と命>想定外を常に想定内に

津波に襲われ、児童・教職員計84人が犠牲になった大川小周辺。中央左は校舎と体育館、右上は新北上大橋=2011年4月8日、石巻市釜谷

◎大川小津波訴訟の教訓(3)先入観

<悔い残す姉の死>
 宮城県石巻市の大川地区復興協議会長を務める大槻幹夫さん(74)は、東日本大震災の津波で犠牲になった姉=当時(78)=の死を独り思い悩んできた。
 「おらほは大丈夫なんだべ」「心配すんな。揺れても津波は来ない」
 震災の5年ほど前、姉とこんなやりとりをした。
 「心配ない」の根拠は、宮城県沖地震を想定して県が2004年に作製した「津波浸水予測図」。予想浸水域は、児童・教職員計84人が津波の犠牲になった石巻市大川小の500メートル以上、手前で止まっている。
 「姉の犠牲は俺のせいかも…」。大槻さんの姉は大川小から海側に約100メートル離れた場所に住んでいた。今も見つかっていない。
 大川小近くの自宅が流された釜谷地区長の阿部良助さん(69)は「ハザードマップなんて見たこともなかった」と振り返る。
 孫の大川小4年生の菜桜(なお)さん=同(10)=と、3年生の舞さん=同(9)=姉妹が学校の管理下で犠牲になった。
 10年2月、近所でサイレンが鳴り響き、チリ地震の大津波警報発令を告げた。結局、来たのは海岸付近に数十センチの津波。「釜谷に津波は来ない」。阿部さんの先入観が補強された。
 釜谷地区では、山あいの入釜谷を除くと、住民209人のうち約8割が死亡した。市側は訴訟で、この数字やハザードマップを基に「行政の事前想定に基づく教職員の認識はやむを得ない。地域住民も多数亡くなった」と主張した。
 26日の仙台地裁判決も市の主張を追認した。ハザードマップの情報や過去に津波が到達した記録がないことなどを理由に、市の広報車が高台避難を呼び掛けるまで「教員が津波を予見するのは困難」と結論付けた。
 原告遺族は猛反発した。結審前に提出した最終準備書面でも「地域住民ら一般人と異なり、教員には児童に対する非常に重い安全配慮義務が課され、津波の予見義務や被災を回避する義務がある」と訴えていたためだ。
 宮城県内の学校で敷地内まで津波が到達したのは89校あり、6割の54校は予想浸水区域外だった。学校の管理下で大勢の児童が亡くなったのは大川小だけだ。

<命は自分で守る>
 ハザードマップ神話は崩れた。しかし、国は12年6月に全面施行された津波防災地域づくり法で、最大クラスの津波を念頭に浸水想定の策定を自治体に求めている。
 宮城県は「復興事業で地形は変わるため、新たな策定時期は未定」としている。石巻市は昨年3月、震災時の浸水実績を書き込んだ新たな津波避難地図を市内5万戸に配布した。防災意識の啓発が狙いという。
 東大地震研究所の纐纈(こうけつ)一起教授(地震学)は「地震の予測は、現在の科学では非常に難しい。住民は行政の予測をうのみにせず、自分の命は自分で守る意識が重要だ」と強調する。
 大槻さんは「予想浸水域の外も決して安全ではない。想定外を常に想定内にする意識こそが大切だ」と自戒を込める。
 新しい津波避難地図は、テレビ台の奥にしまわれている。
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 東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市大川小を巡る訴訟で、仙台地裁は26日、子どもの命を預かり、守る覚悟を学校に求める判決を言い渡した。2年7カ月に及ぶ訴訟や関係者の証言から教訓を探る。(報道部・斉藤隼人、畠山嵩)


2016年10月30日日曜日


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