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<長沼ボート場>ボートのまち 広める好機

8月に長沼ボート場であったボートの全日本新人選手権。参加選手から「こぎやすいコース」などと好評だった

 宮城県登米市の宮城県長沼ボート場が、2020年東京五輪・パラリンピックのボート、カヌー・スプリントの会場候補に挙がった。降って湧いたニュースに地元が「大歓迎」と盛り上がると、間もなく賛否両論が出て日本中の話題になった。知らぬ間に舞台に上げられ、さまざまな人に論評される長沼ボート場。注目を集めたのを機に施設の機能をさらに高め、「ボートのまち」として登米市を国内外に広める好機と捉えたい。
 ボートの全日本新人選手権が8月、長沼ボート場で開かれた。全国から集まった多くの選手から「広々としてこぎやすい」という声を聞いた。2000メートル8レーンの常設コースは国内唯一。各レーンにスタートの信号機があるのも長沼だけだ。京都大のコーチは「コースとして、ここは日本一」と評価した。
 「アスリートファースト(選手第一)」の観点から、長沼はレース上、十分な環境だと思えるが、国際ボート連盟や日本ボート協会の見方は違う。今月4日、村井嘉浩宮城県知事や布施孝尚登米市長らが上京し、大久保尚武日本協会会長に面会した。一行は先方の言葉から、長沼会場実現がたやすくないと感じ取った。
 日本協会は、長沼が五輪会場にふさわしくない理由に「レガシー(遺産)が残らない」「選手村が分村となり他競技と切り離される」などを挙げる。
 これに対し、宮城県はインターハイのボート競技を恒久開催し「遺産」となる競技場の活用策を掲げた。国内には1000メートルコースしかないボート場も多く高校生のレースは通常1000メートルで戦うが、長沼開催では2000メートルのレースにするという。
 五野井敏夫宮城県ボート協会会長は「長い距離で試合を重ねることで、世界で勝てる日本人選手が育つ。これが何よりのレガシー」とみる。
 「分村」に関しては、他競技の選手とも交流する選手村での経験が選手の財産になることはよく分かる。しかし、違った視点に立ってはどうか。宮城は東日本大震災の被災地。登米市の選手村は被災者が数年暮らした仮設住宅をリフォームして整備する。
 震災を感じさせるものに触れることも大きな経験と言えないだろうか。もちろん、選手がレースで力を発揮できる選手村にすることは絶対条件だ。

 日本協会役員や国内トップ選手の多くは過去に何度も長沼を訪れている。県内の競技関係者の一人は「実は長沼の良さを認識している人は多いが、五輪を機に東京にしっかりとしたボート場が欲しいという声があるのは確か」と、長沼否定論が出る背景を推察する。
 会場変更案が浮上して約1カ月。登米市内では地域活性化につながるとの期待が大きい。近く会場問題は決着するが、たとえ会場にならなくても落胆する必要はない。今回の騒動で長沼ボート場は有名になった。今後、合宿地や大会開催に利用される可能性は高まっただろう。それに備えて合宿所などの周辺施設を整備しておく必要がある。
(登米支局本多秀行)

[東京五輪・パラリンピックのボート、カヌー・スプリント会場見直し]東京都の調査チームが9月29日、現行計画の都内の「海の森水上競技場」から登米市の宮城県長沼ボート場への変更案を公表。村井嘉浩宮城県知事は協力を表明、県内は歓迎ムードに包まれた。都は方針決定後に国や大会組織委員会、国際競技連盟と国際オリンピック委員会(IOC)と協議。長沼ボート場は1989年開設。98年に国際大会対応のA級コースになった。


2016年10月31日月曜日


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