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<史都再興>人々の営み美観支える

「政庁跡は子どもの頃の遊び場だった」と語る菊池さん=多賀城市市川

◎多賀城・特別史跡指定50年(中)共存共栄

<逐次買収に転換>
 宮城県多賀城市の国指定特別史跡多賀城跡かいわいには里山の風景が広がる。市は貴重な史跡を保護し後世に伝えるため、1963年から特別史跡の土地公有化を進めてきた。追加指定を含めた107ヘクタールのうち2014年度末現在で、政庁跡と多賀城碑の周辺を中心に55%が市有地となっている。
 多賀城では古くから遺跡保存の動きがあった。政庁跡を抱える市川地区では江戸初期に多賀城碑が発見されたり、瓦などの遺物が出土したりしたため、住民が政庁跡を特別視。明治に入ると、住民が政庁内の私有地を国に献上するなどして保存に力を貸した。
 市埋蔵文化財調査センターの滝川ちかこ主幹は「良好な保存状態が維持されてきたことが、1922年の史跡指定、66年の国特別史跡指定を後押しすることになった」と説明する。
 市は、88年策定の第2次保存管理計画で将来的な全面買収方針を掲げた。しかし、この時は住民との交渉が難航。移転先での生活不安などから反対運動まで起きた。市は11年の第3次計画で所有者の申し出による逐次買収に方針転換し、住民が暮らしながら史跡を守る道を選択した。

<法律で開発制限>
 市川地区には今、約80世帯約280人が暮らす。長らく公有化が前提だったため、下水道が整備されたのは10年ほど前。文化財保護法で開発が制限され、自宅の改築はもちろん、屋根や外壁の塗り替え、木の伐採や盛り土に至るまで国の許可が必要だ。
 それでも就職や結婚でいったん離れた人たちが地区に戻る動きも出ている。先祖の代から200年住み続ける元市職員の菊池光信さん(68)は「不便さと折り合いを付けつつ暮らすことも魅力に思えるほど史跡地域の価値が評価された」と感じている。
 86年から特別史跡で開催する「あやめまつり」は8万人以上が訪れる市最大のイベントに成長。市は買収した公有地の活用策を模索している。
 活用策の一つとして今年は、これまで使っていなかった田んぼで小学生による古代米の田植えと稲刈り体験を実施。公有地でソバを栽培し、味わう大人向けの催しも企画する。市文化財課の郷右近正晃課長は「史跡を身近に感じることができる機会を増やしたい」と話す。
 菊池さんも、史跡と共存共栄する意義をこう強調する。「土地は人が住み、畑は耕作されてこそ景観は維持される。殺風景な空き地には魅力がない」

[特別史跡の現状変更]現状を人為的に悪化させるような行為を排除するため、文化財保護法は変更に文化庁長官の許可を義務付けている。対象は既存の建物の修繕、木の伐採、盛り土、イベント開催など。事前に市町村教委に照会してから計画を申請しなければならず、内容次第では許可されないこともある。国指定の場合、申請書提出から許可まで約2カ月かかる。
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 宮城県多賀城市の多賀城跡が、多賀城廃寺とともに国の特別史跡に指定されて50年を迎えた。当初蝦夷(えみし)経略の基地と考えられたが、これまでの調査で古代東北の政治・軍事の中心地だと分かった。多賀城市では「外郭南門」の復元計画の機運が高まる一方、県も新たな整備計画を策定。史都再興に向けた動きが出ている。(多賀城支局・佐藤素子)

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2016年10月31日月曜日


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