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<仙台いやすこ歩き>(45)カキ/浜ごとに異なる味わい

 ケヤキ並木が色づきを増す仙台市青葉区・定禅寺通。秋深し。秋から冬の旬の味といえば、宮城の海ならカキがある。最近はオイスターバーなるものがあって、一年中カキが食べられるらしいのだ。
 「ずーっと気になってたのよね」「市民図書館に本を返しにいくから、ちょうどいいね」。というわけで、いやすこ2人は、せんだいメディアテーク向かいの「和風オイスターバー かきや」を訪ねた。
 入り口で擦れ違ったのは20代の女性2人。男性の独壇場と勝手にイメージしていたので、オッと思いながらもホッとする。ぐんと入りやすくなった。
 「ここでオイスターバーを始めて10年になるんです」。水産物仲卸業の株式会社かきやで飲食事業部マネジャーを務め、この店の店長でもある内海知洋さん(43)が話す。オイスターバーとは、欧米に始まったカキ料理を食べながらお酒を飲むバー。「2000〜01年ごろ、東京で人気が出ました。今はこちらでもブームを迎えていますね」
 それにしても通年、生がきを扱っているとは。「むき身は10月から市場に出回りますが、殻付きのカキは一年中あるんです。店では時季に応じておいしいものを仕入れて出すようにしています」。そこは、カキの卸専門会社なればこそである。
 「まずは食べ比べてください」と、内海さんは「生がき食べ比べ4ピースプレート」を用意してくれた。
 岩手・大船渡産、宮城・女川産、北海道・昆布森産、北海道・厚岸産のカキは見た目から全く違う。大きさでは大船渡産が一番大きく、海の味とともにつるんと喉の奥へ吸い込まれていく。女川産は磯の香も豊かでさっぱりしながら貝柱が甘く、昆布森産は厚みがあってクリーミー。一番小さい厚岸産は、うま味がぎゅっと凝縮されている感じ。どれも個性的で、一つ一つを食べる充足感がたまらない。
 「カキは海の環境もありますが、養殖している人の人柄が出るんですよ」という言葉に、「え〜ぇ!?」。この四つはどのように育っているのだろうと、杜の都の真ん中で、海の養殖いかだの風景を思い浮かべる。
 「例えば、厚岸は養殖中の移動が激しくスパルタで育てられています。伸びやかに育てられているカキもいます」と、笑顔の内海さん。
 かきやでは全国、そして世界中のカキを扱う。産地が世界へと広がったのは東日本大震災の影響だそう。三陸のカキが壊滅状態の中、さまざまな援助の手が差し伸べられて縁ができたと話す。「世界中のカキを扱うようになって、宮城由来のカキが多いことも改めて知らされました。アメリカ産には『オリンピア ミヤギ』というカキもあります。お家元であればこそ宮城では年中、日常的に食べられるカキ文化を育みたいですね」
 最近では、県外から出張で来る人の中にもカキ好きの常連さんがいるという。お客さんの中には、スコッチをかけて食べるカキグルメも。12月にはすでに予約がだいぶ入っていると聞いて、すかさず「カキ入れ時ですね」と画伯。おいしい笑いとともにカキ文化が広がるといい。

◎おぼえがき/「垂下式」養殖石巻で考案

 世界のカキは約80種ある。日本でカキといえばマガキを指す。甘味やうま味のもとであるグリコーゲンが多くなる冬が旬。「海のミルク」と呼ばれるほど栄養価が高い。
 魚介類を生で食べる習慣のない欧米でも、カキは例外。紀元前の古代ローマ人からナポレオン、文豪のバルザックなど、カキ好きは多い。
 日本のカキ養殖は、江戸時代初期に始まったとされる。1935(昭和10)年ごろ、石巻市万石浦に養殖場を造った宮城新昌氏が、種ガキをそれまでの干潟に地まきする方法ではなく、ロープに付けて海面に下げる「垂下式」を考案。それが世界への種ガキ輸出を広めるきっかけになった。フランスをはじめ世界中に宮城ルーツのカキは多い。
 フランス人のカキ好きは有名だが、約50年前、フランスのカキがウイルス性の病気で海から消えかかった。その危機的状況を救ったのも宮城産の種ガキだった。その時の恩返しとして、東日本大震災の際にはフランスの漁業団体などから数々の支援が届いた。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2016年10月31日月曜日


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