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<大川小訴訟>宮城知事 教員断罪納得できぬ

石巻市大川小津波訴訟で、控訴する方針を表明した村井知事=31日、宮城県庁

 東日本大震災で犠牲になった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族への損害賠償を市と宮城県に命じた仙台地裁の判決を受け、市と共に控訴する方針を決めた村井嘉浩知事は31日、定例記者会見で「その場にいた教員を一方的に断罪するのは納得できない」と述べた。

 −主張が受け入れられなかったのはどの点か。
 「津波襲来の予見は不可能で、教員は知り得る限りの情報で最大の選択をした。判決は教員の責任を重くしており残念。亡くなった教職員10人の家族の気持ちも配慮しないといけない」
 「学校は避難場所になっており、逃げてきた高齢者らのことも考えないといけない。判決は、児童と高齢者を含む全員を安全に避難させようとしたであろう教員の努力を否定している」

 −結果的には84人の命が失われた。
 「震災では大川小に限らず、1万人以上が犠牲になった。行政の責任者として大きな責任を感じている」

 −予見可能性についてはどう考えるか。
 「(避難を呼び掛ける)広報車の声を誰が聞いてどう判断したか分からないが、あの時点では川の堤防まで行くのがベストと考えたのだと思う。今なら裏山に逃げれば助かったと判断できるかもしれないが、崩れてくる可能性もあった」

 −石巻市は市議会臨時会で控訴を正式に決めた。県議会の議決を経ずに専決処分する理由は。
 「学校設置者の市の判断を最大限尊重する。控訴期限が迫り議会を開く余裕もないため、私の専決で控訴する判断をした」

 −遺族は「控訴は子どもの命を見捨てていいと言うのと同じ」と訴えている。
 「子どもの命の重さを争っているのではない。津波襲来の予見可能性の有無と教員にどこまで責任があったかを争っている。誤解しないでほしい」

 −知事は震災後(2012年3月11日)に現地を訪れた際、「救えた命」と語っていたが。
 「校庭から裏山を見た印象を述べたが、その時点では震災当日の状況を十分把握できていなかった。みぞれが降り余震が続く中、多くの児童と高齢者らを避難させなければならなかった状況は、後で分かった」


2016年11月01日火曜日


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