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<史都再興>南門復元で観光交流を

多賀城外郭南門の復元イメージ図(多賀城市教委提供)

◎多賀城・特別史跡指定50年(下)地域活用

<他の史跡と大差>
 古代東北の政治、軍事の中心が置かれた多賀城跡(宮城県多賀城市)は、奈良市の平城宮跡、福岡県太宰府市の大宰府跡とともに「日本三大史跡」と称される。しかし、歴史を象徴する建造物や観光交流施設はない。来訪者も研究者や歴史愛好家が中心で、知名度、観光客数とも大きく水を開けられている。
 特別史跡指定から50年の節目。長く待望論があった多賀城のシンボルともなる「外郭南門」の復元計画が大詰めを迎えている。
 計画は1989年に当時の故伊藤喜一郎市長が提唱。設計案もできたが、水害や経済情勢の変化で頓挫。2011年に国が歴史遺産のある自治体の街並み整備に助成する「歴史まちづくり法」の認定を受けたことから計画が本格化した。専門家を交えた市の復元検討委員会が、本度末までに設計案を確定する。10億円以上と見込まれる総工費の積算額も示される。
 計画に呼応し、特別史跡の調査と整備を担う宮城県多賀城跡調査研究所は今年2月、新たな整備基本計画を発表。史跡公園として整備する方針を打ち出した。
 史跡を活用したまちづくりを進めてきた市民団体「NPOゲートシティ多賀城」は県の整備計画を受けて勉強会などを重ね、史跡整備上の提言などもしている。松村敬子代表は「待ち望んだ計画。実現に協力したい」と意気込む。

<財源確保に課題>
 シンボル創出への期待は大きい。一方で、東日本大震災の津波被災地にある市は、復興事業も被災者支援も道半ば。市立図書館を核とした駅前再開発などの大型公共工事も続く。
 「財政は厳しい。さらなる大規模事業は市民の理解が得られるのか」との声が市幹部からも漏れる。就任以来、奈良市、太宰府市などと友好都市を結び、史都のシティーセールスに力を入れてきた菊地健次郎市長だが、財源問題から復元計画に慎重姿勢を崩せないでいる。「水害対策など長期的な重点政策も継続中。地域や施策のバランスもある」と思いを巡らす。
 「多賀城は市の名前に冠したまちの象徴だが、市民の実際の理解は十分とは言えない」と憂うのは市観光協会事務局長の高倉敏明さん(65)。高倉さんは市の文化財専門職第1号で、通算で25年以上、調査や史跡の公有化などを担当した。商工観光課にもいて、PRの重要性を痛感した。
 「南門復元は長年の調査と整備の集大成。多賀城への理解を進めるためにも、公有化に協力いただいた人たちのためにも、ぜひ実現させたい」と訴える。

[多賀城外郭南門]政務や儀式の中心施設だった政庁から380メートル南にあったとされる、多賀城南辺の中央に位置する多賀城の正門。762年以降は、入り母屋造りの屋根がある礎石式の八脚門で、蝦夷に中央政府の威光を示そうと、豪華な造りが採用された。市の復元計画は、間口約10.5メートル、奥行き約6メートル、高さ約14メートル。2009年には創建期の南門跡が発見された。
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 宮城県多賀城市の多賀城跡が、多賀城廃寺とともに国の特別史跡に指定されて50年を迎えた。当初蝦夷(えみし)経略の基地と考えられたが、これまでの調査で古代東北の政治・軍事の中心地だと分かった。多賀城市では「外郭南門」の復元計画の機運が高まる一方、県も新たな整備計画を策定。史都再興に向けた動きが出ている。(多賀城支局・佐藤素子)


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2016年11月01日火曜日


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