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<史都再興>遺跡 住民の理解で保護

岡田茂弘(おかだ・しげひろ)同志社大大学院修了。奈良国立文化財研究所員を経て66〜72年県多賀城跡調査研究所長、東北歴史資料館副館長を兼任。文化庁では国立歴史民俗博物館の創設に携わる。同博物館考古研究部長・教授を経て99〜04年東北歴史博物館初代館長。東京都出身。82歳。

 宮城県多賀城跡調査研究所の初代所長、東北歴史博物館(いずれも宮城県多賀城市)の初代館長を務めた岡田茂弘・国立歴史民俗博物館名誉教授(82)に、多賀城跡の意義と将来像を聞いた。(聞き手は多賀城支局・佐藤素子)

◎多賀城・特別史跡指定50年/国立歴史民俗博物館名誉教授 岡田茂弘さんに聞く

 −多賀城跡は、ほぼ同時期に史跡、特別史跡となった平城宮跡(奈良市)、大宰府跡(福岡県太宰府市)とともに、日本古代の三大史跡とも呼ばれる。多賀城の遺跡の特徴は。
 「江戸時代に見つかった(多賀城の創建と改修時期を記した)多賀城碑などを通じ、住民は遺跡の価値を知り、長期間にわたって保護してきた。平城宮跡や大宰府跡と異なり、多賀城跡は調査への反対運動も遺構の破壊もなく、最初から政庁と周辺のほぼ全域が指定された。恵まれていた」

 −調査する側と地元との関係はどうだったか。
 「地元は当初から調査に協力的で、我々も住民の声に耳を傾ける努力をした。調査を理解してもらおうと、開始当初から一般市民を対象にした現地説明会を続けている。住民の協力なくして遺跡は残せない」

 −50年近い調査で最も大きな発見は。
 「当初は、軍事的防御施設が陸奥国府の所在地に移行したと考えられていたが、設置された奈良時代前半には既に国府が置かれていたと判明したことだろう」

 −県多賀城跡調査研究所では、今も発掘が続く。
 「多賀城の調査は長期化が予想され、社会情勢の変化で中断する可能性もあった。初代所長だった私は5カ年計画の積み上げによる調査方針を掲げ、それは今も引き継がれている。自治体が設置した独立の調査機関はいくつかあったが、博物館などに統廃合され、今あるのは宮城県ぐらいだ」

 −今後の調査に期待することは。
 「平安時代の官人の居住地は城外の発掘で解明されたが、奈良時代前半の官人居住地は分かっていない。赴任先の多賀城で亡くなった万葉歌人の大伴家持の屋敷は、どこかにあるはずだ。(重要施設が存在する可能性がある)東門から塩釜に向かう方面の調査も必要だろう」

 −2024年の多賀城創建1300年に合わせ、多賀城のシンボルとして外郭南門の復元構想がある。
 「平城宮跡の朱雀門など、古代の建物の立体復元が各地で試みられている。外郭南門跡は周囲から多くの人が目にすることが可能で、多賀城を身近に感じることができる。国指定特別史跡50年を機に事業が加速されることを願っている」

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2016年11月02日水曜日


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