岩手のニュース

<復興へのリレー>地域のチーム 共に前へ

古里の石巻市であった試合で、ボールを手に力強く進む須田さん(左)

◎石巻・スポーツの群像(7)ラグビー 釜石シーウェイブス主将・須田康夫さん

<重責背負い競技>
 「僕らにできることはラグビーしかない」
 社会人ラグビー釜石シーウェイブス(SW、岩手県釜石市)の主将須田康夫さん(32)はラグビーの街、そして東日本大震災の被災地でプレーする重責を背負う。
 釜石SWは2001年4月の設立。今季はトップイースト1部に所属し、10チームが9〜11月、トップリーグ昇格を目指してしのぎを削っている。
 須田さんは総合的なスキルが必要なナンバー8を務める。約40人の選手は10〜40代と年齢が幅広く、国籍も多彩だ。「試合ではチームを引っ張りたい。選手とスタッフをつなぐ役割をこなしたい」と意気込む。
 海を望む宮城県石巻市渡波地区で生まれた。父親の政吉さん(63)は元ラガーマンで、地元の宮城水産高で全国大会に出場した。
 須田さんも中学で宮城県選抜に入るなど、ラグビー界で頭角を現す。仙台育英高2、3年時には全国大会4強。専修大を経てトップリーグの日本IBMでプレーした。
 日本IBMが下部リーグへ降格し、複数の選手が他チームへ移る中で、釜石SWへの加入を打診された。「ラグビーを続けたい」と10年、釜石SWに入った。
津波で実家全壊
 震災の津波は釜石市を襲い、渡波地区の実家を全壊させた。須田さんはチームの仲間とボランティアで被災者支援に奔走した。
 震災後、釜石SWは被災したサポーターの心のよりどころでもあった。
 荻野貴紀さん(46)は岩手県大槌町の自宅を津波で流失。01年に亡くなった父親の征宏(せいこう)さん=当時(58)=の影響で、前身の旧新日鉄釜石ラグビー部から応援してきた。
 「釜石SWは地域のチーム。共に頑張ろうという気持ちを大切にして見守っている」

<W杯開催励みに>
 釜石市では19年、ラグビーのワールドカップ(W杯)が開かれる。須田さんは「世界の皆さんに釜石の復興状況を知ってもらえる」と期待する。
 関連するイベントが今年4月、W杯のキャンプ地誘致を目指す石巻市であった。釜石SWが船岡自衛隊ワイルドボアーズ(宮城県柴田町)と対戦し、28−12で勝利。須田さんはトライを奪うなど躍動した。
 中学時代のラグビースクールの恩師阿部健治さん(68)も観戦し、成長ぶりに目を見張った。ボールを持っては前に出て味方を鼓舞していた。
 「昔はおっとりした性格だったが、たくましくなった。釜石と実家が被災し重い気持ちになるだろうが、前進してほしい」
 前へ。師の教えを胸に刻み、須田さんは力強く歩む。
          ◇         ◇         ◇
 東日本大震災の最大被災地、宮城県石巻市ゆかりの人々が東北のスポーツ界で活躍している。子どもから大人まで、選手や指導者、競技を支える住民…。震災からの復興を願いながら一線で奮闘する思い、群像を描く。(石巻総局・水野良将)


2016年11月05日土曜日


先頭に戻る