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<あなたに伝えたい>一緒に旅行に行きたかった

藤範さんの遺品の衣類を整える信子さん。季節に応じて衣替えし、自宅に飾っている

◎佐藤信子さん(仙台市若林区)から藤範さんへ

 信子さん お父さんはきれい好きでおしゃれで、きちょうめん。笑顔がとてもすてきでした。家族仲は本当に良かったです。
 お父さんの遺体が見つかったのは11年4月5日。36回目の結婚記念日でした。その日、お父さんが夢枕に立ったのを覚えています。息子(40)が毎日、遺体安置所で捜していて、「きょう見つからなかったら東京に戻る」という日でした。
 12年10月5日には宮城県警から「DNA鑑定用に保存していたお父さんの爪がある」という連絡が息子に来ました。その日は私の誕生日。お父さんが最後のサプライズをしてくれたんだと思っています。
 震災後、息子は見違えるほど頼もしくなりました。役所に行けば私にいろいろ指示してくれるし、トイレの壁が汚いと言えばすぐ張り替えてくれる。娘も、お父さんがやっていた洗濯や風呂掃除を全部やってくれます。お父さん、どこかで見ていたら、子どもたちを褒めてあげてください。
 来年3月の七回忌に合わせ、お墓を再建しようと家族で話し合っています。私たちは2年前、新居に入りましたが、自分たちだけがいい思いをするのではなく、ご先祖様も、という思いがあったからです。
 結婚して以来、共稼ぎで忙しく、2人とも定年になったら一緒に旅行しようと楽しみにしていました。いまだに心が癒えることはありません。結婚生活の半分はお父さんが単身赴任だったので、それがずっと続いている感じがします。

◎笑顔がとてもすてきだった夫

 佐藤藤範さん=当時(64)= 仙台市若林区荒浜西の自宅で妻信子さん(65)、長女有佳さん(36)と3人で暮らしていた。東日本大震災当日の2011年3月11日は午後2時ごろ、自宅で有佳さんが作った昼食を取り、その後、津波に遭ったとみられる。


2016年11月06日日曜日


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