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<復興へのリレー>感謝を胸に指導者志す

グラウンドで後輩に声を掛ける阿部さん(左から2人目)、斎藤さん(同3人目)

◎石巻・スポーツの群像(9)野球 石巻工高OB・阿部翔人さん、斎藤大晃さん

<思い乗せて宣誓>
 東日本大震災で被災した石巻工高(宮城県石巻市)で今年夏、同校としては初めて甲子園に出場した野球部OBの2人が部員を指導した。
 日体大4年阿部翔人(しょうと)さん(22)、仙台大4年斎藤大晃(ひろあき)さん(22)。教育実習で母校に通い、愛着のあるグラウンドで後輩に打撃や守備を教えて汗を流した。「野球ができることに感謝してプレーしてほしい」との願いを白球に込めて。
 石巻工高は2012年春、選抜高校野球大会に21世紀枠で出場した。震災発生の1年後だった。選手宣誓を務めた主将の阿部さんは、自分やチームメートの思いを一言一言に乗せた。
 「答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。しかし日本が一つになり、苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています」

<葛藤の末 舞台へ>
 斎藤さんは葛藤の末、憧れの舞台に立った。「震災からまだ1年。野球をやっていていいのか…」「被災した自分たちが野球をすることで、見た人に少しでも元気になってほしい」
 神村学園高(鹿児島県)との1回戦。5−9で敗れたが、阿部さんは3安打、斎藤さんは2安打を放った。「また帰って来いよ」。大観衆のエールに胸が熱くなった。
 2人は石巻市で育ち、同じ中学硬式野球チームに所属。阿部さんが「一緒に甲子園に行こう」と斎藤さんらに声を掛け、石巻工高へ進んだ。阿部さんの父克彦さん(51)、斎藤さんの父英之さん(53)も同校OB。甲子園出場は父親たちの悲願でもあった。
 震災の日、グラウンドは津波でヘドロに覆われ、ボールやマスクも泥にまみれた。家族を亡くしたり自宅が被災したりした部員がいる。他校の野球部員らがグラウンドの泥かきを手伝ってくれた。
 斎藤さんは「野球ができることは当たり前ではないんだと学んだ」と言う。

<けがとの闘い糧>
 2人はそれぞれ進学した強豪の日体大、仙台大の野球部ではレギュラーをつかむまでに至らなかった。将来、高校野球の指導者になることを志す。
 阿部さんは日体大入学直後に右肘を痛め、けがとの闘いを強いられた。「大学では選手として悔しい思いをしたけれど、この経験は後に生きると思う。指導者としてしっかりとした人間を育てたい」と誓う。
 斎藤さんは「全力でプレーすることや野球を楽しむことを伝えたい」と話す。
 石巻工高野球部OBで現監督の阿部裕太さん(30)は選抜大会にコーチとして同行した。「大学で翔人と大晃は指導者としての蓄えができたのではないか。後輩が指導者を目指すのはうれしい」と期待を寄せる。
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 東日本大震災の最大被災地、宮城県石巻市ゆかりの人々が東北のスポーツ界で活躍している。子どもから大人まで、選手や指導者、競技を支える住民…。震災からの復興を願いながら一線で奮闘する思い、群像を描く。(石巻総局・水野良将)


2016年11月09日水曜日


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