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<帰還困難区域を歩く>倒壊の建物 手付かず

東日本大震災で倒壊した建物が手付かずのまま残る帰還困難区域=10月21日、福島県双葉町

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示の解除が進む中、放射線量が高い帰還困難区域は今後も、住民が自宅に戻れない状況が続く。政府は2017年度から区域内に復興拠点を設け、21年度末までに居住可能な環境整備を目指す方針を打ち出した。地域再生の行方はどうなるのか。避難者と共に無人のまちを歩き、現状を見詰める。(福島第1原発事故取材班)

◎原発被災地の行方(上)市街地

<双葉町96%対象>
 復興工事の大型トラックが行き交う国道6号。道路脇のゲートの向こうは原則立ち入り禁止の市街地だ。
 福島県双葉町は帰還困難区域が面積の96%を占める。第1原発がまたがる形で立地する南隣の大熊町と同様に、暮らし再生のめどが立っていない。
 JR双葉駅東側の旧国道沿いの商店街を歩く。東日本大震災直後の姿を今もさらす。建物は倒壊したまま。自動車は放置され、家の窓越しに干されたままの洗濯物が見える。原発事故後の避難の慌ただしさが目に浮かぶ。
 「知らない人には単なる廃虚に見えるだろうが、地元の人間には違う。あの店のおじさんは今どこで暮らしているのか、ここのラーメンはどんな味だったか、いろいろと思いが巡る」

<異臭が鼻を突く>
 双葉町で生まれ育った小川貴永さん(46)は大学卒業後に上京し、33歳でUターン。町西部の耕作放棄地を開墾し、養蜂業を営んでいた。現在は郡山市のプレハブ仮設住宅で暮らす。
 町は今年3月、復興に向けた基本構想を策定。双葉駅東側の商店街や住宅地は「まちなか再生ゾーン」と位置付けた。歴史ある建造物を保存しつつ被害家屋を解体し、将来的な街の再整備を目指すという。
 駅に近い小川さんの自宅に足を踏み入れる。見せつけられたのは、原発事故直後から続く現実だ。
 父と妻、2人の子どもと住んでいた。食器や書類、おもちゃ…。散乱した床は足の踏み場がない。動物のふんが所々にあり、マスクを着けても異臭が鼻を突く。
 「イノシシだね。冷蔵庫のドアを開けて食べ物をあさったよう」。天井に開いた穴は、ハクビシンやネズミが突き破ったという。
 手持ちの線量計で玄関先を測る。放射線量は毎時4.2マイクロシーベルト。「今のままでは人が戻るのはちょっと想像できない」
 帰還困難区域内でも放射線量には違いがある。双葉駅西側は比較的低い。まとまった町有地もあるため、町は西側を「新市街地ゾーン」とし、公営住宅などを整備する方向だ。ただ国による約40ヘクタールの面的除染が10月末に始まったばかり。市街地再生は見通せない。

<企業立地目指す>
 それでも、小川さんが希望を見いだそうとしている地域がある。除染土を保管する中間貯蔵施設予定地を抜けて海沿いの北東部へ。町唯一の「避難指示解除準備区域」にたどり着く。
 現在はがれきの分別処理施設がある程度だが、町は18年ごろまでに、企業が立地できる環境を整える計画。将来的に町再生を先導する「復興産業拠点」にする構想を練る。
 原発事故前、農家レストランの開店準備を進めていた小川さんは、地元産の食材を活用した加工品の製造や販売が産業拠点でできないかと思案する。
 「帰還はかなり厳しい。でも、愛着のある古里を放置していいのか、という思いもある。子どもや孫の世代に何かを残さなければいけない」

[帰還困難区域]東京電力福島第1原発事故に伴う放射線量が2011年度末時点で年間の積算で50ミリシーベルトを超えていた地域。南相馬市、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村の福島県内7市町村にまたがる。約2万4100人(9000世帯)が住んでいた。


2016年11月12日土曜日


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