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<七十七銀津波犠牲>遺族が長男母校で講話

講話する(左から)田村孝行さん、弘美さん

 東日本大震災の津波で死亡した七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の元行員田村健太さん=当時(25)=の両親が12日、長男の健太さんの母校・専修大(東京都)で講話した。他の事故で息子を失った遺族らと共に「人の命を第一に考える安全な社会になってほしい」と望んだ。
 父孝行さん(56)と母弘美さん(54)らが法学部の講義に参加。「犠牲者家族の思いと法の在り方」をテーマに話し、学生ら約100人が耳を傾けた。
 孝行さんは「息子は専修大で軟式野球をし、地域に貢献したいと入行した。子どもに先立たれるほどつらいことはない。命を生かし続けようと企業防災の向上を訴えている」と強調。弘美さんは「夢を切り開き、息子の分まで人生を全うしてほしい」と願った。
 市川正子さん(64)は2006年、東京都港区で起きたシンドラー社製のエレベーター事故で長男=同(16)=を亡くした。「エレベーターは生活の身近にある乗り物。何の落ち度もない息子の命が奪われた」
 事故を巡り、市川さんは今も民事、刑事の両裁判に携わる。「事故から見えてきた問題をあいまいにできない。原因と責任を明らかにしたいとの憤りや悲しみ、つらさを抱えながら裁判をしている」と明かす。
 「災害や事故の違いはあっても、命を救うことができたのではないかという思いは共通している」。1985年の日航ジャンボ機墜落事故で次男健君=同(9)=を失った美谷島邦子さん(69)は言う。
 事故から31年となった8月12日、墜落現場の御巣鷹の尾根(群馬県上野村)で、田村さん夫妻や市川さんらと安全な社会の実現を祈った。「人の心の痛みは人でしか癒やせない。誰かが誰かの命を包む社会をみんなでつくっていかなければいけない」と語った。
 講話は法学部の飯考行准教授が昨年9月に宮城県女川町を訪れ、田村さん夫妻と知り合ったことがきっかけで実現した。


2016年11月13日日曜日


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