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<帰還困難区域を歩く>除染後回し荒廃進む

かつてシバザクラを植えていた自宅前を歩く大槻さん。今は雑草が生い茂る=10月29日、福島県葛尾村

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示の解除が進む中、放射線量が高い帰還困難区域は今後も、住民が自宅に戻れない状況が続く。政府は2017年度から区域内に復興拠点を設け、21年度末までに居住可能な環境整備を目指す方針を打ち出した。地域再生の行方はどうなるのか。避難者と共に無人のまちを歩き、現状を見詰める。(福島第1原発事故取材班)

◎原発被災地の行方(下)里山の集落

<雑草伸び放題に>
 沢音が響く里山は、連綿と続いた人の営みが感じられず静まり返っていた。
 東京電力福島第1原発から北西に20キロ余り。阿武隈山地の山中にある福島県葛尾村野行(のゆき)地区は、村唯一の帰還困難区域だ。村内の他地域は今年6月、避難指示が一斉に解除された。
 カーブを繰り返す県道沿いに、ぽつりぽつりと家屋が立つ。34世帯126人が住んでいた。行政区長の大槻勇吉さん(67)と共に集落を歩く。
 「早起きしてマツタケを採ったもんだ。朝だけで2キロも。シメジもマイタケもよく採れた」。紅葉で色づき始めた山々を眺め、大槻さんが話す。
 わずかな平地を切り開いた田んぼは、ススキやヤナギが伸び放題だ。営農を再開していない農地が大半とはいえ、村の他地域では除染が進められ、草が刈り取られている。

<「孫も呼べねえ」>
 県道を折れ、大槻さん方に向かう。妻と息子夫婦、孫2人と暮らしていた。母屋に続く小道も雑草に覆われている。以前はシバザクラを植えていた。ピンクと白のコントラストが自慢だった。
 家に入ると、床には点々とネズミのふんが転がる。居間の棚に孫たちのおもちゃが並ぶ。玄関には使えなくなった毛布などを詰めたポリ袋。片付けたいが、ごみも区域外には持ち出しができない。
 震災前は林業を営んでいた。原発事故の15年前に建てた家は、自ら切り出したケヤキやモミジをふんだんに使った。「丹精込めて造った家だ。帰りてえ」
 自宅脇に渓流が流れる。「イワナやヤマメが釣れた。孫もよく連れて行ったなあ」。下流にあったモニタリングポストは毎時4.907マイクロシーベルトを示す。「線量が下がらないと孫も呼べねえ」
 大槻さんらは、地区全体の除染を国や村に再三、要望してきた。帰還困難区域の復興を巡り、国が8月に示した除染方針は「復興拠点」が中心。拠点を設けられない里山の集落や個人の住宅、農地をどうするかは定まっていない。

<先が見通せない>
 県道を行き交うダンプカーが静けさを打ち破る。野行地区には、家屋解体で出たごみなどの仮設焼却施設が建設された。
 「野行を除染することを条件に施設を受け入れたつもりだったんだ。それなのに何も決まっていない」
 妻と共に福島県三春町の災害公営住宅に入居した7月以降も、月1回程度、自宅を見に来る。「帰るときはもう来ないようにしようと思う。家が少しずつ荒れていき、がっかりするだけだから。でも心配になってまた来てしまうんだ」
 帰還したい気持ちが5年後、10年後も変わらないかどうか。大槻さん自身にも分からない。先の見通しが何一つ立たないのに、時計の針だけが着実に時を刻んでいく。


2016年11月13日日曜日


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