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<あなたに伝えたい>口数少なく仕事好きだった夫

踊りの稽古に励む令子さん。震災後しばらく踊っていなかったが、今年夏に再開した=登米市迫町の「迫にぎわいセンター」

◎西條令子さん(登米市)から友信さんへ

 令子さん 口数が少なく仕事が大好きでまじめな人でした。あなたが野菜を作っては近所に配っていたことを思い出します。
 私は、今でも毎朝仏壇に手を合わせると涙が出ます。津波をかぶったとき、あなたの心境はどうだったのでしょう。丈夫な人なのに、一瞬で亡くなったのでしょうか。私だけ生き残って、申し訳ない思いで毎日を過ごしています。
 震災発生の日、私は南三陸町の高野会館であった芸能発表会で、地域の人たちと日本舞踊を踊っていました。津波が来た後、建物の4階で真っ暗な中、一睡もしないで過ごしました。「これからどうなるのか」と不安でした。家に残したあなたのことも気になっていました。あの日の朝、あなたが出掛ける際に私に言った「(知人から)植木をもらいに行く。かあさんは張り切って踊ってくっぺから」という最後の言葉が忘れられません。
 私は今年の夏から登米市で暮らす南三陸町の仲間5人と踊りをようやく再開しました。踊るというよりみんなでお茶を飲んで話をするのが中心ですが、気持ちを慰めるのにいいですね。
 あなたは山菜採りが好きでしたね。私は蛇が苦手なので山には行きませんでした。それに、あなたは温泉に行くのも楽しみにしていました。生きていれば一緒に温泉に行けましたね。
 新しい仏壇を注文しました。来年、南三陸町に家を建てて息子と戻る予定です。新しい家で、その仏壇に早く移してあげたいです。

◎最後の言葉胸に踊りを再開

 西條友信さん=当時(69)= 宮城県南三陸町戸倉で妻令子さん(74)、長男成利さん(46)と3人で暮らしていた。農業のほかに住宅の基礎工事関連の仕事もしていた。東日本大震災発生直後、軽トラックを運転し、自宅から1人で避難したが、津波に流されたとみられる。


2016年11月13日日曜日


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