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津波に耐えた奇跡の鉢植え 人つなぐ

仙台市のマンションで、増えたカネノナルキの鉢植えの世話をする須藤悦子さん
須藤さん宅の屋上で、津波に流されずに無事だった鉢植え=2011年5月

 東日本大震災で全壊した宮城県気仙沼市の民家で奇跡的に見つかった鉢植えのカネノナルキが芽吹き、株を増やしている。津波に耐え、命をつないだ「奇跡の鉢植え」は、持ち主が支援への感謝を込め、移り住んだ先で知り合った人に譲り、新たな人のつながりを広げている。
 カネノナルキは気仙沼市新浜町に住んでいた無職須藤丈市さん(58)と妻の悦子さん(58)が育てていた。約15年前、当時夫婦で営んでいた自宅1階のガソリンスタンドの店頭に飾る観葉植物として知人からもらった。3鉢あり、高さは約50センチ。冬は比較的暖かい3階屋上のボイラー室と物置の間で育てた。
 2011年3月11日、須藤さん方は津波で全壊。一家3人は身一つで1.5キロ離れた東陵高に逃げて助かった。須藤さんは目に障害があり、同居する母は介護が必要だった。市内の病院で対応してもらえず、友人方や寺などを転々とし、発生5日後、仙台市の親戚の家に身を寄せた。
 約2カ月後、初めて自宅を見に行った。鉄筋コンクリート造りの自宅は外形をとどめていたが、家財は全て流失、家の中は丸太などのがれきで埋まっていた。
 屋上に上った悦子さんの目にふと、緑の物体が映った。壁の隙間に挟まった見覚えのある鉢植えだった。コイン型の葉の一部は黄色に変色していたが、根は枯れていない。幹は震災前よりむしろ太かった。
 「頑張って生きなさい、と言われている気がした」。悦子さんは振り返る。しばらくその場で水をやり続けた。
 11年6月に入った気仙沼市内の仮設住宅や仙台の親戚の家に移して育てた元の木はやがて枯れてしまったが、小さな鉢に挿し枝して増やした「子孫」は計20鉢になった。新天地でできた知人や友人ら約10軒に贈り、現在もついのすみかと決めた仙台市青葉区のマンションで元気に育つ。
 震災の記憶も伝える悦子さんは「財産は増えなかったが、木を通じて人とのつながりは増えた。生き残った命の大事さをかみしめながら過ごしたい」と話す。


2016年11月18日金曜日


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