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<雄勝に生きる>町民の誇り太鼓後世へ

復興を願い力強く演奏する保存会のメンバー=10月、石巻市雄勝町

 東日本大震災で被災した宮城県石巻市雄勝町で、今日も漁師たちが海に向かう。地域の芸能を後世に残そうと未来を見据える人々がいる。高齢者たちがお茶を飲みながら歓談する。震災から5年8カ月。冬が近づく古里に心を寄せる。(石巻総局・水野良将)

◎半島の再生記(3)/(中)響かせる

<津波で仲間失う>
 東日本大震災からの復興途上にある街に、力強い和太鼓の音が響きわたった。
 石巻市雄勝町中心部で先月あった祭り。演奏したのは「伊達の黒船太鼓保存会」。メンバー7人が見事なばちさばきを見せた。
 現在、メンバーは20〜50代の男女10人で、実際に舞台に立つ人数は震災前より増えた。副会長の会社員畠中のぞみさん(34)は「三度の飯より太鼓が好き」。地元の雄勝小5年の時から活動を続ける。両親が大の祭り好きで、太鼓はとても身近にあった。
 保存会は1991年に発足した。仙台藩祖伊達政宗の家臣・支倉常長ら慶長遣欧使節団を乗せた船「サン・ファン・バウティスタ号」が同町で建造されたとの説があり、「伊達の黒船」の名称を冠した。
 各地で演奏を重ね、雄勝中の生徒に教えて後継者を育てた。太鼓は町民が誇る文化の一つになっていた。
 しかし、震災で保存会は活動を停止し、存続の危機にひんした。津波で仲間だった女性を失い、約20張りあった太鼓や衣装、稽古場所だった公民館が濁流にのまれた。
 実家を失った畠中さんも、太鼓をたたけない日々が続いた。
 「太鼓をやりたい」。音楽活動を通じて知り合った音楽家四倉由公彦(ゆきひこ)さん(33)=石巻市=と共に、設立当初からのメンバー神山正行さん(49)に何度も再開を訴えた。

<復活を求める声>
 「できねえ。無理だ」。神山さんは断り続けた。芸能を継承する意義は承知しつつも、自宅と経営する食料雑貨店、常連客を津波に奪われ、生活拠点を仙台市へ移していたからだ。
 それでも、復活を望む人々の熱意が神山さんの心を揺さぶる。当時の雄勝中校長は太鼓の指導を強く依頼。県外の祭り関係者に「祭りに出演してほしい」と頭を下げられたこともある。

<支援への恩返し>
 震災後、保存会の太鼓が4張り見つかった。「地域の芸能を絶やしてはいけない。震災前より進化した姿を見せ、震災で受けた支援への恩返しをしよう」。神山さんはそう翻意した。3代目会長として今、メンバーらを支える。
 保存会は昨年7月のイタリア・ミラノ国際博覧会で演奏を披露し、スタンディングオベーションを受けた。この時、保存会事務局を務める四倉さんは「郷土芸能や伝統を愛する心に国境はない」と実感した。
 常長ら慶長遣欧使節団は津波で被災した直後に派遣され、イタリアなどに足跡を残した。400年経た今、四倉さんは思い描く。
 「使節団にゆかりのスペインやメキシコでも太鼓を演奏し、復興に向けて歩む姿を見てもらいたい」


2016年11月25日金曜日


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