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<仙台いやすこ歩き>(47)焼き芋/甘い匂いが笑顔を呼ぶ

 カサコソ、ヒュ〜。足元の落ち葉が舞い上がる寒い日には、懐かしい情景がよみがえる。路地の奥で、おじいさんが落葉たき。そこから立ち上る灰色の煙とかすかな甘い匂い。
 街なかで、そんな匂いに出合えるというのだ。「通るたびに毎年引かれていたのよね」と画伯。今年も今日から始まったというその日に、いやすこ2人はいそいそと出掛けた。その先は、仙台朝市。路地を曲がるともう、あの匂いだ。
 「焼きいも 100g80円」と段ボールに手書きされた看板の下には、年季の入った焼き芋器が積み上げられ、その上にほくほく顔の芋が並んでいる。株式会社今庄青果の主幹である高橋正洋さん(51)が、威勢よく迎えてくれた。
 戦後の青空市から始まった仙台朝市と歴史を共にする今庄青果で、焼き芋を始めたのは10年ほど前のことだそうだ。
 「せっかくだから八百屋ならではの焼き芋をやろうと、サツマイモ選びから始めました。方々の情報を集めて行き着いたのが紅まさりという品種。紅まさりはもともと芋焼酎用に改良された品種で、香りと甘味が豊富なんです。うちはこの紅まさり一筋です」
 北風が吹いたらすぐ焼き芋を店頭に出したいと思うものの、紅まさりの出荷を待っての販売となる。だから、今年は少し遅かったのだという。
 「いらっしゃい、いらっしゃい、仙台白菜が出たよ」と元気に呼び込みをしている店の人たちも、焼き芋の呼び込みはしない。「この匂いが呼んでくれるからね」とにっこり。
 お客さんはさまざまだ。会社の管理職の人が部下のおやつに買っていったり、女子学生が3人で大1本を求めたり、ご夫婦の常連さんなどなど。「焼き芋を買いにくる人はみんなうれしそうですよ」と、話す高橋さんもうれしそう。
 と、グッドタイミングで二つに割った焼き芋が、「さあ、食べて」と横から差し出された。「わぁ〜甘い。しっとりだ〜」「えっ、皮ごと食べられる。筋がない!」とにぎやか過ぎるいやすこ2人。でも、市場の活気が優しく包み込んでくれる。おなかの中までほかほかだ。
 焼き芋器は改良に改良を重ねて今の形になったという。ガスを熱源にじっくりふかす構造にしたことで、皮まで食べられ、しっとりとした食感も増した。この改良をしたのが高橋さんのお父さん。焼き芋や甘栗を手掛けていて、かつてはエンドーチェーン(現在のイービーンズ)の前でも販売していたそうだ。
 その時から受け継がれているという焼き芋器は、もう40年はたつレジェンドな道具だ。年末には2台が1日フル回転して2〜3Lサイズの焼き芋を90〜100本焼く。「皆さん、雪の中でも1時間半待っていてくれたりするんですよ」
 紅まさりは1、2月が旬で、甘味を増して大きくなっていく。「木枯らし吹く日にふーふーいって食べたいね」と話していたら、画伯が急に「あれ? 胸焼けしてない」と驚き顔。ほんと、「冷めてもおいしいよ」といううたい文句に「胸焼けもしないよ」と付け加えたい。

◎おぼえがき/ビタミンやミネラル豊富

 サツマイモの原産は中南米とする説が有力で、紀元前3000年以前から栽培されていたと伝わる。日本には17世紀初めに、中国から沖縄を経て薩摩藩(現在の鹿児島県)に伝わった。18世紀には江戸の小石川薬園で試作が始まり、ここから栽培地が東日本各地に広がった。
 「野菜を凝縮するとサツマイモになる」と表現した栄養学者がいるほど良質のエネルギー源であり、良質のビタミンやミネラルも豊富に含んでいる。
 焼き芋は寛政の頃(18世紀末〜19世紀初め)に江戸で生まれ、名物となった。当時はつぼの中に芋をつるして蒸し焼きにするつぼ焼きで、栗(九里)に近い味というので「八里半」とか「栗より(九里四里)うまい十三里」と看板に書いて宣伝された。戦前までは東京下町には1町内に1軒の焼き芋屋があったという。
 サツマイモは70度程度で長時間加熱すると、酵素がでんぷんを分解して甘味を増す。焼き芋はこの性質を最大限に引き出す調理法である。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2016年11月28日月曜日


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