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<被災地スポーツの力>生きる喜び伝えたい

高齢者に健康体操を指導する谷津さん(手前)=宮城県山元町の花釜区交流センター

<高齢者を対象>
 あの日、奇跡的に命がつながった。災禍を乗り越えてかみしめた生きる喜びを多くの人と共有するため、健康づくりの大切さを伝え続ける。東日本大震災で住民636人が犠牲になった宮城県山元町。津波にのまれながら助かった主婦谷津千枝さん(66)は、運動支援リーダーとして集落を回り、高齢者を対象とした健康体操教室を開いている。
 「せーの、シュワッチ!」。谷津さんは元気な掛け声に合わせ、両腕を斜めに突き上げた。津波でほぼ全域が浸水した沿岸の花釜地区。津波で流されて再建した集会所で11月30日、60〜80歳代の住民13人と心地よく体を動かした。
 約2時間のメニューは、加齢による骨や筋肉の衰えを防ぐ「ロコモ体操」、玄米入りの布製ダンベルを使った筋力トレーニングなど。空き缶つりのゲームやしりとりなど、脳の働きを活性化させる遊びも合間に加え、参加者を楽しませた。
 町内で週1回開く健康教室を四つも受け持つ。参加する高齢者約80人の多くが被災者で、既に古里を離れた人も少なくない。「運動を続けることが健康増進と孤立の防止につながる。参加した高齢者に満足して帰ってもらえるよう、魅力ある内容を心掛けている」

<津波から生還>
 地元出身で町のスポーツ推進員の谷津さんは、東北福祉大でダンベル体操の研修を受け、2004年に教室を開いて普及に力を入れた。充実した日々を送るさなかに震災に遭った。
 JR坂元駅前にあった自宅もろとも、夫(69)と津波に流された。「死んじゃう」。濁流にのみ込まれて恐怖に駆られた時、頭上に一筋の光が差した。家が運良く傾き、海水面から窓が出た。2人で必死に脱出し、約300メートル漂流して着いた道路脇から内陸に逃げた。
 「せっかく助かった命を他の被災者のために生かしたい」。約1カ月後から町内の避難所を回り、一緒に体操で汗を流して被災の疲れを癒やした。「教えてくれた体操をみんなで毎日やっているよ」「また体を動かしたい」と喜ぶ声を多く聞いた。困難な中で運動が心のよりどころとなっていることを知り、自分の果たすべき役割に気づいた。
 11年9月から仮設住宅を皮切りに教室を再開。13年には運動支援リーダーの仲間でつくる団体「山元ホップ・ステップ」も結成し、指導技術の向上とさらなる普及拡大を目指している。
 同町は震災後、人口の3割近くが流出。若い世代の転居による世帯分離が進み、今年3月末現在の65歳以上の高齢化率が県内4位の37.1%と11年3月末から6.7ポイントもアップした。
 「地域を活気づかせるには高齢者の健康寿命を延ばすことが大事。運動の輪を広げ、山元を宮城で一番元気な町にしたい」。それが生き延びた者の使命と考えている。

 東日本大震災の発生から5年半以上が経過した。被災地を歩くと、復興に向けてスポーツの果たす役割は大きいことが分かる。継続的な支援、住民らが心身のよりどころとして取り組む姿や競技環境の現状などを報告する。(原口靖志)


2016年12月03日土曜日


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