宮城のニュース

<長沼案断念>「復興五輪」軽すぎた言葉

 2020年東京五輪の会場計画見直しを協議する関係4者のトップ級会合は、開始予定の午後2時を10分余り過ぎていた。

◎東京検分録

 11月29日、東京・台場のホテル。時間通りに会場入りした大会組織委員会の森喜朗会長は、いら立ちを募らせているように見えた。
 遅れたのは、東京都の小池百合子知事が国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ副会長に急に面談を申し込んだからだ。小池知事が一部非公開の予定だった会合の全面公開を求め、了承された。
 「時間割の最後に結論を言うのでなく、都としての考えを言いたい」。小池知事はあいさつが回ってくると、3競技会場見直しの判断を説明し始めた。
 ボート、カヌー・スプリント会場を登米市の宮城県長沼ボート場に変更する案について「いろいろな費用面と立地を考えた」と述べ、断念を表明した。コーツ副会長から長沼を事前キャンプに使う提案があったことも理由に挙げた。
 費用を圧縮し現計画の東京臨海部に新設するとの結論。冒頭で都の結論が出たため、課題を整理した作業部会の報告は省かれ、長沼案見送りの具体的な説明も質疑もないままとなった。
 公開の場で主導権を握ろうとした小池知事。バレーボール会場に議論が移ると空気が一変した。都は臨海部への新設案と、横浜市の既存施設を活用する案を検討。小池知事が結論先送りを表明すると、新設での早期決着を求める森氏から厳しい指摘を次々と受けた。
 小池知事が「復興五輪を象徴する」と高く掲げた長沼案は競技団体や組織委の猛反発を受け、IOCの賛同も得られなかった。
 バッハIOC会長と会談した10月中旬には、実現の難しさを感じていたのだろう。同月末のインタビューで「長沼案はトーンダウンしたのか」と疑問をぶつけると、「あなたの間違った受け取りだと思う。手を挙げないと何も始まらなかった」といら立った表情になったことを思い出した。
 真の「復興五輪」が実現すれば、復興を後押しし、前向きな被災地の姿を世界に発信できる。長沼案のあっさりとした幕引きは言葉の軽さを表しているようで、複雑な気持ちになった。(東京支社・片山佐和子)


関連ページ: 宮城 政治・行政

2016年12月04日日曜日


先頭に戻る