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<養殖ホヤ>震災と韓国規制…苦境打開へ結束

ホタテの稚貝をロープに付ける共同作業を行う渥美さん(右端)ら谷川青年部=11月29日、石巻市谷川浜

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後の韓国の輸入規制で打撃を受けた宮城県石巻市のホヤ養殖業漁業者ら、鮫浦(さめのうら)湾の三つの浜の若手14人が「谷川(やがわ)青年部」を旗揚げした。生産過剰で今年、約1万4000トンが廃棄処分される事態になったホヤの販路開拓や互いの技術向上、養殖環境を守る活動などを目指す。震災を機に漁業に戻った仲間や20歳の若者もおり、地元の海で生き続けるための新たな可能性を話し合う。
 牡鹿半島の東部、鮫浦湾の谷川、大谷川、鮫浦の各浜では今も漁港復旧工事が続く。谷川浜に再建された作業場に11月末、谷川青年部の14人が集い、北海道から届いたばかりの大量のホタテの稚貝をロープに結んだ。養殖を営む仲間を支援する初の共同作業だった。
 青年部の大半はホヤ養殖を手掛け、カキ殻の束を湾内につるしてホヤの幼生を固着させる天然採苗を12月に行う。「青年部としても1水域を借りた。独自に養殖の試験をやる」と会長の渥美政雄さん(39)。
 谷川浜で父の代からホヤを養殖し、2011年3月11日の津波で家と集落を失った。同市大原中の仮設住宅で三つの浜の若手漁業者たちが隣人になり、「集まったり飲んだりする中で、これからどう生きるかという共通した思いを自然に語り合う機会ができた」。
 一緒に活動しよう、と青年部の結成を決めたのは今年夏。地元の宮城県漁協谷川支部に若手組織はなく、9月に届けを出すと「復興の力に」と期待し応援してくれることになった。
 本紙連載「その先へ」に登場した鮫浦の阿部誠二さん(33)も仲間だ。ホヤの苦境打開に今春、水産加工業者と「蒸しホヤ」を商品化したが、個々の努力に限界も感じた。「ホヤの味を東京以西にどう広めるか、知恵を集めて動きたい」
 ホヤの養殖試験は品質向上を目指す研究で、「ホヤの成育、大きさが商品として最適になる条件を試したい」と渥美さんは言う。
 以前は漁業者が必要としなかった潜水士の国家資格も、青年部有志で勉強し7人が合格した。震災の津波で地形が変わったり、藻場が減ったりしている鮫浦湾の環境を漁業者が自ら調べるなど、「宝の海」を末永く守っていきたいという。
 青年部には、震災を機に地元に戻って漁業を始めた人、石巻の街から浜に通ってくる人もいる。渥美さんの長男雄斐さん(20)も高校を出て海の仕事を選び、青年部の仲間になった。仮設住宅の暮らしはまだ続くが、希望は育っている。(編集委員・寺島英弥)


2016年12月05日月曜日


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