宮城のニュース

<大川小>被災校舎 遺族が定時案内開始

被災校舎前で、震災当時の状況を説明する鈴木さん(左)

 東日本大震災の津波で児童と教職員計84人が犠牲となった宮城県石巻市大川小の被災校舎で、遺族や有志でつくる「大川伝承の会」が10日、語り部をした。一人でも多くの来訪者に震災の記憶や地域の姿を伝えようと、事前に開始時間を定めた。「あの日まで確かにあった大川地区の風景や暮らし、命を風化させたくない」と望む。
 同会による定時案内は初めて。午前10時と午後2時の2回、共同代表の佐藤敏郎さん(53)と鈴木典行さん(51)ら遺族5人が語り部を務めた。同会のフェイスブックなどで知った約80人が集まり、耳を傾けた。
 佐藤さんは児童一人一人が上着などを掛けていたフックの写真を示した。フックの上に6年生の次女みずほさん=当時(12)=の名前が書かれたシールがある。「もうコートを掛けることはないけれど、大切な場所。皆さんと一緒に救うべき命、救ってほしかった命があったことに向き合っていきたい」と呼び掛けた。
 5年9カ月前まで校庭があった地に雪が舞い、冷たい風が肌を刺す。鈴木さんは6年生の次女真衣さん=当時(12)=らが移動した方向へ参加者を先導した。「子どもたちはもっと寒い中で51分間校庭にいた。すごくつらかったと思う」
 地震発生後、真衣さんらは校庭で待機を命じられ、近くの北上川堤防付近(三角地帯)に向かう途中で津波にのまれた。
 石巻市の石巻専修大3年志賀春香さん(21)は「鈴木さんの話を聞き、心に重くのし掛かった」と言う。
 被災校舎は海から約4キロ内陸に立つ。震災前は周辺に民家やスーパー、郵便局、診療所などが並んだ。
 岐阜市の公務員水川和彦さん(58)は被災校舎を数回訪れたが、遺族の話を直接聞いたのは初めてという。「子どもにとって一番楽しいはずの学校で命がなくなることはあってはならないと強く思った」と話す。
 大川伝承の会は近隣の同様の団体とも連携する方針。次の定時案内は2017年1月21日の予定で、被災校舎のほか、海に近い長面地区での説明も検討している。


2016年12月11日日曜日


先頭に戻る