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<あなたに伝えたい>成長した姿を見てほしい

来春の卒業を控え、行きつけのカフェで卒論の資料に目を通す小沼さん

◎小沼早紀さん(仙台市青葉区)勝一さんへ

 早紀さん 自宅は海から離れた仙台市の西部にあり、津波で家族を亡くすなんて想像もしていませんでした。震災後数日間、父と連絡が取れませんでしたが、職場で忙しくしているのだろう、そのうち帰ってくるだろうと考えていました。
 父は沿岸の特別養護老人ホームで津波にのまれました。お年寄りを2階に避難させ、最後に階段を上っている途中で足をすくわれたそうです。
 責任感の強い父でした。長く勤めていた障害者施設からは深夜でも呼び出しがかかることがあり、連絡が入りそうな日は大好きな晩酌も控えていました。
 特別養護老人ホームにいて犠牲になったのは父だけでした。入所者の命を守る責任を全うした父を誇りに思います。
 兄(34)や姉(32)と年が離れた私は、父にとっていつまでも末っ子の甘えん坊だったようです。
 アルバイトをして旅行をしたいと言ったとき、母には反対されましたが、父は「自分の行動に責任を持つなら自由にやっていいよ」と応援してくれました。
 震災の年は受験もままならず、学べるありがたさを実感しました。大学では苦手な英語を猛勉強し、留学も経験しました。短い学生生活、全力でやり尽くしたつもりです。
 来春には卒業です。就職も決まりました。あの日から5年9カ月、多くの人に支えられて今があります。成長した姿を父に見てもらいたいです。
 「パパ、もう甘えん坊の私じゃないよね」

◎仕事の責任全うした父

 小沼勝一さん=当時(58)= 仙台市青葉区吉成の自宅で妻了子さん(60)、次女早紀さん(24)と3人で暮らしていた。仙台市泉区の社会福祉法人の常任理事を務め、東日本大震災当日は、若林区荒浜にあった系列の特別養護老人ホームを訪れていた。


2016年12月11日日曜日


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