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<大川小>悲しみ胸に 両遺族一緒に花を

津波で被災した大川小の中庭に葉ボタンを飾る栄朗さん(左)と阿部さん夫妻=11月30日

 東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が犠牲になった宮城県石巻市大川小の中庭や慰霊碑を、この冬も白や紫の葉ボタンが彩っている。
 「今年は粒ぞろい。手塩にかけたかいがあった」
 葉ボタンを育てたのは石巻市蛇田の佐々木栄朗さん(75)、恵美さん(67)夫妻。4年生の担任だった次男芳樹さん=当時(27)=を亡くした。
 葉ボタンの飾り付けは震災翌年の2012年秋に始まった。佐々木さん夫妻が、11月30日にあった装飾作業に参加したのは今回が初めて。「息子が子どもたちを守れなかった」という負い目から、水やりなどの裏方に徹してきた。
 「一緒に飾り付けに行きましょう」
 作業への誘いを何度も固辞してきた佐々木さん夫妻の背中を押したのが、同市小船越の阿部良助さん(69)、文子さん(65)夫妻だ。
 阿部さん夫妻は、大川小に通っていた孫娘2人を亡くした。良助さんは大川小がある釜谷地区の区長をしている。釜谷地区で多くの犠牲者が出たことなどを理由に大川小津波訴訟には参加しなかった。
 教員遺族と児童遺族−。運命の出会いは5年前にさかのぼる。自宅が流された阿部さん夫妻は11年5月、内陸に移転先を探しながら、旧北上川沿いに畑を借りた。隣で葉ボタンを育てていたのが佐々木さん夫妻だった。
 少しずつ言葉を交わすうち、佐々木さん夫妻は阿部さん夫妻が大川小で孫娘2人を亡くしたことを知る。
 「何年生ですか」。意を決して聞くと、孫の1人、4年生の菜桜(なお)さん=当時(10)=が芳樹さんの教え子だと分かった。
 「お孫さんを救えず申し訳ない」。深々と頭を下げた。罵声を覚悟していた。
 阿部さん夫妻の返事は予想外のものだった。「大切な人を亡くした悲しみは同じです」
 12年秋、文子さんから「葉ボタンを学校に飾りたい」と申し出があった。佐々木さん夫妻が先祖の墓を彩ろうと育ててきた葉ボタンが、教員遺族と児童遺族をつないだ瞬間だった。
 今年10月、訴訟で学校側の過失を認める判決が出た。「判決後、ずっと気持ちは重かった。それでも他の遺族のためにできることがあれば力になりたい」。佐々木さん夫妻は、阿部さん夫妻の後押しで一歩踏み出すことができた。
 教員遺族として重い十字架を背負ってきた栄朗さんが静かに語る。
 「一生懸命育てた葉ボタンの飾り付けを、ようやく一緒にできた。枯らさないよう手入れをしたい」
 葉ボタン54株は来春、黄色い花を咲かせる。(報道部・畠山嵩)


2016年12月15日木曜日


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