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<帰還へ浪江町模索>避難者 取り残さない

浪江町からの避難者が集まった芋煮会で談笑する赤間さん(右端)=11月23日、仙台市太白区

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難の長期化で、帰還意欲の低下が大きな課題となっている。福島県内の被災自治体は住民を故郷につなぎ留めようと模索する。すぐには無理でもいつか戻ってきてほしい−。県内外に約2万人が避難する福島県浪江町の取り組みを通じ、現状とこれからを探った。(福島総局・高橋一樹)

◎つなげ、ふるさと(上)復興支援員

<月1回交流の場>
 「○○さんは新しい職場で働き始めたよ」「今年の忘年会はどこでやりましょうか」
 9月中旬、仙台市泉区のビルの一室で開かれた浪江町民の交流会。「復興支援員」の赤間政義さん(64)が参加者に声を掛ける。
 赤間さんは宮城県松島町出身で仙台市在住。会社員時代に福島県内での勤務経験がある。原発被災地の支援に関わりたいと、2年半前に東北・北海道担当の支援員になった。
 昼食後、赤間さんは1枚の紙に参加者全員の連絡先を書いてもらい、こう呼び掛けた。「交流会以外でも、自由にどんどん連絡を取り合ってください」
 全町避難が続く浪江町民のうち、3割に当たる6354人(11月末時点)が県外で暮らす。町は、避難者が多い仙台市のほか、関東5県や福岡県大牟田市に計24人の支援員を置く。
 避難先を戸別訪問したり広報紙を独自に作って住民に送ったりするのが主な仕事だ。仙台圏では月1回ほど交流の場を設けている。
 仙台市青葉区に避難する桜井米子さん(60)は交流会の常連。「新しい浪江の知り合いができ、避難先で暮らす上で心強い。会えば共通の話題で盛り上がる」と笑顔を見せる。

<不安の声相次ぐ>
 戸別訪問で、支援員は町民感情の複雑さを目の当たりにする機会も多い。
 赤間さんは「『浪江に帰らない』と家を建てた人も、心まで自立したとは限らない。思い出話が止まらないなど、みんな浪江のことが頭にある」と感じる。
 国は来年春までに、帰還困難区域など一部を除いて全ての避難指示解除を目指す。解除時期が近づくにつれ、住民の思いはより複雑になっているように映る。
 仙台市で6月、東北各地の町民向けに懇談会が開かれた。町は除染やインフラ整備の進展状況を説明した。赤間さんは「前向きに捉える住民ばかりではないだろう」と考えていたが、実際は想像以上だった。
 放射線量に対する不安を訴える声が相次いだ。「除染が不十分」「こんな状態では帰れない」と、国の担当者に詰め寄る町民もいた。
 一方、解除を巡る議論が大きくなることに戸惑う人たちもいる。「県外にいると情報が入りにくく、取り残されているようだ」「町民同士で浪江のことを話しづらくなった」。赤間さんにはこうした本音が寄せられている。

<あと5年は必要>
 支援員制度は、同様に全町避難が続く富岡町や双葉町なども採用している。経費は国の補助金で賄われ、避難指示解除が進む来年度以降も続くかどうかはまだ決まっていない。
 「心の復興には時間がかかる。最低でもあと5年間は心のケアが必要ではないか」。赤間さんは支援員の役割はまだまだ終わらないと実感している。


2016年12月15日木曜日


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