宮城のニュース

<復興を生きる>情報で命を救いたい

就職セミナー会場に向かう佐久間さん=東京都千代田区

 師走の東京・丸の内の人波を縫い、山形市の東北芸術工科大4年佐久間楓さん(22)が就職セミナー会場へ急いだ。東京の柔らかな日差しが全身に降り注ぐ。

◎3・11大震災/東北芸術工科大4年 佐久間楓さん=東京都

 「情報インフラを整備すれば、災害時に多くの命を救うことができるはず」
 携帯電話大手3社を志望している。
 シューカツ(就活)に専念するため、昨年3月、山形市から上京した。東京都杉並区にある学生専用のシェアハウスを拠点に採用試験に挑む。来春の新卒採用試験は全て不合格。今年10月に休学し、再来年の新卒採用で巻き返しを図る。

 出身は石巻市蛇田。高校1年の時、東日本大震災で保育士だった母祐子さん=当時(41)=を亡くした。勤務先の鹿妻保育所(石巻市)から車で帰宅途中、津波に巻き込まれた。遺体は約1カ月後に見つかった。
 震災当時、自宅近くのイオンモール石巻のパン屋でアルバイトをしていた。「大津波」「火災」「行方不明者」。ラジオが伝える情報は、どこか遠い国の出来事のようだった。
 真っ先に母の携帯に電話した。何度もリダイヤルボタンを押したが、つながらない。「母に『すぐに逃げて』と伝えられたら、助かった命かもしれない」との思いが今も消えない。
 震災遺児の奨学金を得て、大学に進学した。在学中、東北の学生9人の震災体験を冊子「記憶3月11日」にまとめた。会員制交流サイトを通じて反響が寄せられ、全国に200部を発送。情報発信の経験から出版社を志望する気持ちを強めた。
 昨年12月に広告業界にも対象を広げ、80社近く受けた。エントリーシートで震災の体験をアピールしたが、多くは書類選考すら通らなかった。

 新卒採用が一段落した今年6月、携帯電話がつながらなかった「あの日」の記憶がよみがえった。「情報インフラの改善で命を救えるはずだ」と。
 最大被災地・石巻市では震災で3552人が死亡、今も425人が行方不明だ。正確で素早い情報が命綱になることを、3.11の悲しい体験から人一倍、理解しているつもりだ。
 「残念ながら…」。11月下旬、大手の携帯電話会社から不合格のメールが届いた。「大きな影響力で、災害の犠牲者を1人でも減らしたい」。熱弁を振るったが、人事担当者の反応は薄かった。震災に関する質問はほとんどなく、嫌な予感が的中した。
 「母の分まで後悔しない人生を歩みたい。頑張る姿が恩返しになるはず」
 シューカツ開始から2度目の冬。春の訪れを信じ、歯を食いしばる。(報道部・千葉淳一)


2016年12月17日土曜日


先頭に戻る